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V字回復の成功者・松井忠三の「地頭力の鍛え方」

2014年07月08日 公開
2023年05月16日 更新

松井忠三(前良品計画会長/松井オフィス代表取締役社長)

《『THE21』2014年7月号より》

 

2001年、突然訪れた無印良品の危機。社長に就任した松井忠三氏は、それまでのセゾングループの企業風土を否定することから改革に着手した。イノベーションを成功させたトップが考える地頭の鍛え方とは?
<取材・構成:村上陽一/写真撮影:永井浩>

 

社内の常識に囚われず原因を徹底的に考え抜く

 「人間とは社会的な存在である」という言葉がありますが、ビジネスにおける人の能力も、まさに社会的なものではないでしょうか。学歴やIQの高さといったことは、それほど関係がないように思います。何よりも、自身が身を置いてきた環境によってこそ、能力に大きな違いが出てきます。地頭とはそういうものだと私は考えています。

 私は多くの地頭の良いビジネスマンや経営者と接してきました。その経験から、地頭の半分は先天的なものだと感じます。しかし、残りの半分は後天的なものです。ですから、地頭を鍛えることは、今からでも十分に可能だと考えています。

 では、私はどのような環境で物事を考えてきたのか。良品計画の社長になった2001年の頃のお話をしましょう。

 ちょうど無印良品というブランドが、中間期で38億円という赤字を出した年でした。当時、大方の見方は「無印良品というブランドはもう終わった」というもの。実際、業界では凋落した専門店が復活する事例はなく、立て直しは不可能だと考えられていました。そんな状況の中で、私は“考え抜く”ことをしました。問題がどこにあるのか、夜も眠らずに考え続けたのです。

 当時、業績が悪いのは“人災”だと考えられていました。売上げが落ちている店舗があれば「店長が悪い」となる。衣料品部門の業績が悪ければ、「部長が悪い」となり、3年で5人も部長が代わりました。それでも業績は回復しない。

 人を代えても業績が回復しないどころか、個人に蓄積されている大事なノウハウが異動によって失われていくという、悪循環に陥っていました。

 人を代えてもダメだということは、原因は人にあるのではないということです。それなのに人に原因があると考えられていたのは、“経験至上主義”という企業風土があったからです。考え抜いた結果、業績悪化の原因はそこにあるとしか考えられませんでした。

 ご存じのとおり、無印良品は、ファミリーマートやロフト、パルコなどを作った偉大なるクリエーターであるセゾングループ代表・堤清二さんによって作られたブランドです。その出自から、人の背中を見て育つ経験至上主義を是としてきたわけですが、それが通用しなくなっていたのです。

 セゾングループ内では、人が育つには15年かかると言われていました。一人前になるのにそれだけ時間がかかっていたら、さまざまな経験ができるはずがありません。経理に配属された人は、ずっと経理です。そのことが、実行力に悪影響を与えていました。

 当時、圧倒的に強かったセブン&アイ・ホールディングスは、消費者ニーズなどの状況に合わせて、ひと晩で全国の店舗の看板を取り換えることができていました。それに比べて、当時の西友は1カ月経っても取り換えられない。これは、部長や店長の力量の差でもなければ、堤さんが重視した企画力の差でもありません。まさに、企業風土の差です。

 企業風土という、誰もがメスを入れることを躊躇するところを改革するしかない、というのが私の結論だったのです。

 企業風土改革のために行なったのが、“しくみ作り”です。人で勝負して負けるのであれば、しくみで勝負しようという考えです。

 その1つの象徴が『MUJIGRAM』という13冊、2000ページというボリュームのマニュアルでしょう。これを実行すれば、誰もがPDCAを100%回せるというものです。それまでの経験至上主義による暗黙知を、見える化・標準化したのです。これがあれば、店長のセンスによって店舗が変わることもありませんし、人が代わってもノウハウが失われてしまうことがなく、誰もが合格点を獲ることができます。

 こうして、結論だけを切り取ると簡単に聞こえるかもしれませんが、当時の我々からすると、これらは大きな改革でした。長いあいだ経験至上主義に基づき、成功体験もあるのに、「我々1人ひとりは脆弱である」と、思い切って前提を変えたわけですから。

 1人ひとりが強い組織は理想的ですし、実際にそういった企業もいくつかあります。しかし、一足飛びでなれるものではありません。まずは誰もが合格点を獲れるような店舗作りができるマニュアルを作り、しくみを作り、それによって徐々に企業風土を変えていき、ゆっくりと1人ひとりを強くしていくしかないのです。

 改革は結果的に成功しました。無印良品はV字回復を成し遂げ、2007年には当時の過去最高益を記録するに至りました。

 

変えるべきでないことと変えるべきことを見極める

 誰がやってもうまくいかないということは、ビジネスモデル自体が崩壊しているということでもあります。そこで、商品開発のしくみも改革しました。

 無印良品は、30坪に200アイテムを並べるところからスタートしました。その後、売り場面積を拡大したぶんだけ商品領域を拡大する必要があるので、新しい商品を開発する、ということをしてきました。ところが、1000坪に7500アイテムを揃えるところまできて、この商品開発モデルが成り立たなくなっていたのです。

 もともと無印良品は、自然界にある色と天然素材で商品を作ることをコンセプトにしています。ところが、当時は、「お客様からの要望があるから」という理由で、赤やオレンジのような華やかな色合いの衣料品も販売するようになっていました。

 しかし、これは変えるべきところと変えるべきでないところを見誤った、間違った考え方です。商品のコンセプトは絶対に変えてはいけないのです。オペレーションはどんどん変えていくべきですが、商品のコンセプトは変えてはいけない。実際、赤やオレンジの衣料品は売れませんでした。

 私か商品開発の面で改革したのは、「World MUJI」や「Found MUJI」といった、新たなコンセプトを加えることです。前者は、日本で生まれた無印良品が、イタリアや中国で生まれたらどうなるか、というもの。後者は、世界各地で永く愛されているものを無印良品の視点で見つけてくるとどうなるか、というものです。たとえば、ヒット商品である『直角靴下』はチェコのお婆さんと出会うことで生まれました。

 これらは新しい試みではあるのですが、ブランド設立当初から続く普遍的なコンセプト「わけあって、安い。」から決して逸脱していないのがポイントです。業績が悪いときは往々にして迷いが生じ、コンセプトを変えたり曲げたりしてしまいがちですが、それこそがほんとうの危機なのです。

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