THE21 » カルチャー&トレンド » 仕事をしないでーー忙しすぎる現代人に贈る「水曜どうでしょう」流の金言

「仕事をしないで、やりたいことだけやると成功する」。『
※本稿は、嬉野雅道 著『だから僕らは出会わなければならないのです。』(集英社インターナショナル)の内容を一部抜粋・編集したものです。
人間は社会を営み、数多の他人と生きていくしかない存在です。
ひょっとすると我々も含めた多くの人がボヤボヤしてる間に、どこかの頭のいい人たちに上席を奪われて、世の中の構造そのものは、すでにもうその人たちの都合のイイように作り替えられてしまっているのかもしれない。まあ正確なところは私には分かりませんが。
でも、かりに、そうなっているとするなら、私たちは知らぬ間にその人たちからいろんなものを搾取され続けているのでしょう。
搾取といっても金銭ばかりでなく、私らの楽しくなるはずの人生の時間だって楽しくないものにされているのかもしれない。ならば、それもまた搾取されていると言っていいはず。そんな気がします。
何年か前の新年の社内パーティーでのことでした。年頭に当たって藤村さんが、いや、「かみ」がスピーチを求められて、こう言いました。
「えぇ。仕事をしないで。やりたいことだけやってると、成功します」と。
「かみ」の言葉です。あのとき、聴いていた全員が、実に受け取りにくそうな顔をしていました。
でも、『水曜どうでしょう』が成功したのはおそらくその通りのことをし続けたからだということは社内の誰もが知っているはずなのです。
それでも社内の人たちは「仕事をしないで」という、そこのところがどうも受け取れないようでした。
それでもね。そのときに聴いていたおおかたのみなさんも、与えられたご自分の仕事に対しては、「もう、やってらんないよ」的なことを、おっしゃったりする夜もきっとあるのですよ。
それでも、「仕事をしないで」「自分のやりたいことだけをやれば」とストレートに言われると戸惑ってしまうのです。ということは、やっぱり誰もがある種の仕組みにすでに嵌められてがんじがらめで生きている。そうしたことかもしれませんよね。
もしもそうだとして、「それでも各々の人生は自己責任だから」と丸め込まれるような生真面目な方が増えるようなら、搾取する方の側から見ると。それは実に好都合ということかもしれないですよね。
だって、使われるだけ使われて人生を搾取されているのに、本人は奪われていることに気づけないから文句も言わず、「私の人生がつまらないのは全部自分の責任なんだわ」って思い込んで勝手に自滅してくれるのなら。搾取を続ける側は天下泰平でしょう。
そこに考えが至ったとき。なるほど、だったら藤村さんという人は、搾取されることから最も遠い人なのだなと思えたのです。
あの人が自由なのは、なによりあの人が常にそのときの気分のままでいたい人だからです。何ものにも縛られずその場の気分でいたいから、だからイベントのときもお客と自分を時間で縛るようなタイムスケジュールをあの人はけして作らない。
イベントであっても人生であっても、常にそのときの気分で、そのときに思いついたことで遊びたい人なのです。あんな人の真似をすることはできません。あんな人になることもできません。
でも、あの方のような人は、我々がもっと鋭敏にあたりを見まわすようになれば、他にもいろんな分野に居られるはずなのです。気づかねばならないのです我々は。
そして、その方たちの進みたい道の先を空けてさしあげなければならないのだと思います。
そうしてその方たちのやりたいことをやらしてあげるのです。その方たちが遊びたいように遊ばせてあげる。一緒に遊んであげる。そのように我々は努めなければならない。
そしたら我々も、その結果、楽しくなれるのです。
我々が、「そっちに行った方が楽しいね〜!」と伸び伸びするときに、それを怠るから、世の中は楽しくない方へとずんずん流れてしまうのです。楽しい方へ楽しい方へと素直に舵を切って行かなければ、どうしたって、「楽しいね〜!」と言えなくなる方へ向かってしまうのです。
更新:09月16日 00:05