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美術教師が娘の工作を見て感じた「想像力がいかにも乏しい作品」の豊かさ

2025年02月03日 公開

末永幸歩(美術教師/アーティスト )

紙コップと段ボールでできた「チョコ味のかき氷」(筆者撮影)
紙コップと段ボールでできた「チョコ味のかき氷」(筆者撮影)

美術教師の末永幸歩です。このコラムでは、アート作品に向き合ったり、小さな子どもがみつめる世界に想いを馳せてみることで、物事を異なる角度からみつめ直し、自分だけの答えをつくる「アート思考」をしてゆきます。

※本稿は、『THE21』2024年10月号連載「ビジネスパーソンのためのアート思考トレーニング」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

工夫のないかき氷屋さんの工作

4歳の娘と私は、よく工作をします。 工作といっても、作るものや作り方は特に決まっていません。自宅の部屋の片隅にある段ボール箱には、空き箱や容器などの廃材がストックしてあるので、思いついたときに好き勝手に工作を楽しんでいます。

夏休みのある日、100円ショップで売られていた「氷」ののれんに娘の目は釘付けになりました。使い道のなさそうなのれんを買うことに私は躊躇いましたが、娘はどうしても欲しいと言い張ります。

願いが叶って手に入れたのれんを手に提げて自宅に帰ると、すぐにかき氷屋さんの工作が始まりました。まずは、チョコ味のかき氷を作りたいと言います。

さて、氷の部分を表現するには綿を使おうか、チョコシロップは絵の具で表現するのが良いかな......などと私が思案しているうちに、娘は、廃材置き場から見つけ出した紙コップの上に、段ボールの切れ端を重ねて私に差し出しました。

段ボールの茶色い色から「チョコかな?」と見当はつきましたが、廃材置き場にあった段ボールに手を加えた形跡はなく板状のままでしたので、かき氷とは程遠い見た目をしています。

しかし娘はそんなことはお構いなしに、「そう、チョコ味のかき氷!」と自信ありげに答えました。

私がかき氷を食べるしぐさをしていると、今度は、別のカップの上にピンク色の大きな包装紙が被さったものが手渡されました。

やはり何の加工もない状態でしたが、聞くと「モモ味のかき氷」だそうです。その後もこのやりとりが続きます。かき氷の種類は次々に増えていき、チョコ、モモ、メロン、ブドウ......と豪華な品揃えになっていきました。

しかしどのかき氷も、カップの上に、アンバランスな大きさの段ボールや包装紙が何の加工もなく載せられているだけです。

「どの素材を使えば氷のように見えるかな」と考えたり、「材料を切ったり丸めたりすることでかき氷らしい形に近づけよう」などと工夫したりした形跡もありません。

出来上がったものはごく単純な形態で、お世辞にも「豊かな想像力だ!」とは言い難いような作品です。

先述の通り、娘は普段からよく工作をしていることもあり、器用にハサミやテープを使ったり、カラフルな色彩で絵を描いたりすることもお手の物です。きっとこの日も私の声掛け次第で、もっとかき氷らしい、凝った作品を作ることもできただろうと思います。

 

想像力がいかにも乏しい想像豊かな作品

それでも私には「このままでいいんじゃないかな」という想いがあります。

それはもちろん、自宅で好きに工作を楽しんでいるだけなのだから......ということもありますが、理由はそれだけではありません。単純極まりないようなこの工作こそが、想像力が豊かに発揮された結果と言えるのではないかと感じるからです。

チョコ、モモ、メロン、ブドウ......と夢中になってかき氷を作り続けていたその瞬間、娘は想像の世界に足を踏み入れていたのではないか。「紙コップ」や「段ボールの切れ端」でしかなかったものが、想像の世界では「本当のかき氷」として輝き出していたのではないか......。

私の目に映るのが材料そのままの工夫のない形であったとしても、娘の目に映るのが、その特徴を十分に備えた「本当のかき氷」であったとしたら、わざわざ他の素材を使ったり、素材を切ったり丸めてみたりする必要なんてないわけです。

飽きることを知らずに、かき氷を作ったりお店屋さんごっこに熱中したりする姿からは、娘が想像を豊かに働かせ、私に見えているものとは異なる、もう1つの現実を見ているかのように感じられました。

段ボールの切れ端を通して娘が見ていたかき氷は、どんな姿をしていたのだろう......私にはそれと同じものを見ることはできませんが、心の中でそれを思い描いてみたいと思うのです。

 

「自分だけの答え」をつくるということ

拙著『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』の冒頭で、クロード・モネの『睡蓮』という作品を見て、4歳の男の子が「かえるがいる」とつぶやいたという、大原美術館のエピソードをご紹介しました。

『睡蓮』にはカエルは描かれていません。その場にいた学芸員が「えっ、どこにいるの」と聞くと、男の子は「いま水にもぐっている」と答えたそうです。

「子どもじみた発言だ」とか「実際にはカエルはいない」と言えばそれまでですが、その瞬間に男の子の心に映る『睡蓮』にはカエルが確かに存在していたはずです。

目に見えるものだけを見ようとしていては、決して感じ取れないものがあるはずです。

子どもだけではなく時には大人も、目には見えないものに意識を向け、想像の世界に足を踏み入れて「自分だけの答え」をつくる必要があるように、私には感じられます。

 

【末永幸歩(すえなが・ゆきほ)】
美術教師/アーティスト。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、都内の中学校や高等学校で展開してきた。子どもの創造性を育むワークショップ、大人向けアート思考セミナーなど、アートに関する活動を年間100回以上行なう。プライベートでは4歳児の子育て中。著書に22万部突破のベストセラーとなった『13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)がある。

 

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