2026年09月04日 公開

「大学を卒業したばかりのヒヨッコがM&Aビジネスを担えるのか」。そんな声をものともせず、新卒採用に力を入れ、独自のM&Aアドバイザリー事業で業績を伸ばしているのがByside(株)だ。
中途人材が約99%というM&A 業界において、同社の川畑勇人社長はなぜ新卒採用に踏み切ったのか。スポーツ人材に特化した採用支援等を手がける(株)スポーツフィールドの吉浦剛史氏が、詳しく話を聞いた。(構成:坂田博史/写真撮影:長谷川博一)
※本稿は、『THE21』2026年秋(10ー12月)号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。

【川畑勇人(かわばた・はやと)】
Byside(株)代表取締役
1984年生まれ、鹿児島県奄美大島出身。2008年、早稲田大学第一文学部を卒業後、(株)キーエンスに入社。同期200名、営業部員2000人の中で常にトップクラスの成績を維持し、2014年に責任者昇格の内示を受けたのち退社。同年、(株)日本M&A センター入社。2019年に部長職に就任し、2021年には東日本事業法人統括部長および日本PMIコンサルティング(株)の取締役に就任。2022年、Byside(株)を設立。これまでに累計約300件のM&A成約案件に関与し、数多くの中堅・中小企業の成長支援に携わる。

【吉浦剛史(よしうら・つよし)】
(株)スポーツフィールドキャリアサポート推進室長・人財育成推進室長
1988年生まれ。奈良県出身。大和ハウス工業(株)で社内営業表彰を複数受賞後、2015年に(株)スポーツフィールドに入社。現在は東海・関西・九州のエリアマネージャー、人財育成推進室長、キャリアサポート推進室長を兼任。2020年からはスポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポートコンソーシアム」の推進委員も務める。アスリート学生へのキャリア支援のための講演や授業を行ない、受講生は1万5,000名を超える。JKC(全日本フルコンタクト空手コミッション)キャリアサポートアドバイザー。
【川畑】私どもByside(バイサイド)は、M&Aのアドバイザリー事業を行なっています。といっても、一般的にはあまり知られていない業態なので、少し説明させてください。
M&A業界における主流は、仲介モデルと呼ばれる形式で、売り手企業と買い手企業の真ん中に立ち、どちらに対してもサポートを行ないます。これに対して、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)は、売り手と買い手のどちらか片方のみと契約し、サポートを行ないます。そして、当社の最大の特長は、買い手企業のサポートに特化している点です。買い手企業側に特化しているM&Aアドバイザリーは、おそらく国内では当社だけです。

【吉浦】なぜ買い手企業のサポートに特化しているのですか。
【川畑】仲介モデルであれば、売り手の情報も、買い手の情報も、自社内で集めることになります。自社のみでビジネスが完結する点は、情報管理の観点からすれば効率的です。ただ、双方の情報を集める工数が必要なため、十分な量を担保できるかには、やや疑問が残ります。にもかかわらず、各社は自社内に情報を抱え込んでおり、業界としての情報の流動性はありません。
当社は、買い手側のみに立つことで、仲介を含めたM&A事業を行なう約600社と提携しています。仲介企業同士はライバルですが、私どもはパートナーです。なぜなら、仲介企業は売り手情報が豊富な一方、買い手情報が不足気味で、買い手が見つからない、あるいは見つけるまでに時間がかかることが多々あるからです。そこで「買い手を見つけてほしい」と当社に依頼がきます。
当社は買い手情報に特化して集めることができるため、当然、仲介企業よりも情報量が多くなります。売り手情報は自ら集めなくても提携企業から自然と集まります。こうした仕組みにより、業界の情報の閉鎖性を打破し、流動性を高め、M&Aの活性化に貢献したいと考えています。
【吉浦】買い手企業のサポートに特化しているとはいえ、難易度の高いビジネスなのではないかと想像します。それを担える人材はあまり多くないのではないですか。
【川畑】おっしゃる通りです。会社や事業を売買するわけで、そこにはヒト(従業員等)、モノ(商品・生産設備等)、カネ(株式・不動産等)すべてが含まれ、契約内容も多岐にわたります。非常に難しいビジネスだと言えるでしょう。豊富な知識はもちろん、高度な交渉力や調整力も必要不可欠です。
このため、M&A業界の人材の99%は、何らかのビジネスを経験し、一定の成果を出してきた人たちです。社会的意義が高いM&Aを担ってみたい、それによって自分自身も成長したいと考えた人たちがこの業界に転職してきています。かく言う私も、2014年にそれまで勤めていた(株)キーエンスを辞め、中途採用でM&A仲介最大手の(株)日本M&Aセンターに転職しました。
【吉浦】99%が中途人材の業界の中で、新卒採用に力を入れているのはなぜですか。
【川畑】中途人材のほうが早く戦力になることは間違いありません。ただ、中途人材の中には「稼げればいい」と考えている人も少なからずいます。当然、会社への帰属意識は薄く、より高い収入を求めて同業他社へどんどん転職していきます。
それが一概に悪いとは言いませんが、私はすごく不幸なことだと思っています。やはり自分が乗った船を大きくし、大きくした船でさらに自分も成長していく。自分が大きくした船が世界を変えていく──そうしたマインド、文化を、当社ではつくっていきたい。そのためには、中途だけではなく、新卒を採用し、ある程度時間をかけて育てていくしかありません。だからこそ、新卒採用に力を入れているのです。
【吉浦】新卒で入社する社員が多くなれば、そうしたマインドや文化がつくれると。
【川畑】はい。やはり何事も最初が肝心で、社会人スタートのタイミングで、当社のミッション「会社の真価を繋いで社会を進化へ導く」やビジョン「M&Aを再定義して日本の価値をさらに先へ、共に先へ」などの真意を理解してもらい、深く共感してもらったうえで働き始めてほしいと考えています。新卒社員はいわば「ホワイトキャンバス」のようなもので、企業理念やビジョンなどもいちばん沁み込みやすい。そのいちばん沁み込みやすいときに、当社のミッション、ビジョン、バリューをしっかりと心と身体に沁み込ませてもらいたいのです。
当社を大きくしてくれる、変革してくれる人材は、新卒以外あり得ないだろうと思っています。業界は99%中途人材ですが、当社は新卒採用を少しずつ増やし、ゆくゆくは新卒オンリーの会社にしていきたいと今動いています。
【吉浦】新卒と中途では理念の浸透度が大きく違うというのは、本当にその通りだと思います。そして、これからは理念浸透型の組織しか生き残っていけないのではないでしょうか。その一方で、企業業績を急速に伸ばすためには、即戦力となる中途人材も不可欠です。新卒と中途のバランスをとることが重要になりますが、これがなかなか難しいのではないですか。
【川畑】新卒人材だけにすることを目指してはいますが、それは未来の理想の姿であり、現在は中途人材の活躍が欠かせません。2026年4月に新卒7名が入社しましたが、社員約60人の8割以上は中途人材というのが実状です。組織のハレーションや理念浸透具合なども見ながら、来期はどれぐらいのバランスにしようかと考えています。こればかりはトライアンドエラーを繰り返すしかありません。
【吉浦】新卒の採用面接で、何か意識されていることはありますか。
【川畑】学生もAIを使うようになり、ありきたりの質問をしても模範的な回答が返ってくるだけで、どういう人物なのか、さっぱりわかりません。
私たちの仕事は、経営者と対峙しなければならないので、経営者に受け入れられる、経営者に可愛がってもらえる人材であることが必要です。面接時、学生は最初ガチガチなので、まずは緊張をほぐすことを心がけ、その後、「生まれてから今ここに座るまで、自分の人生をどれだけ長くなってもいいので語ってほしい」と言います。すると、2分で話が終わってしまう人もいれば、30分以上話し続ける人もいます。
【吉浦】興味深い面接のやり方ですが、学生のどんな点が見えてきますか。
【川畑】話を聞きながら、「なんでそこに行ったの?」「なぜその部活を始めたの?」「そのとき、どうやって乗り越えたの?」などと質問すると、その人の考え方や判断軸、具体的な行動内容などが見えてきます。そして大切なのは、それに私自身が心から共感できるかどうか。社員は仲間であり家族だと思っており、それゆえに、当社で育ててあげたい、成功してもらいたいと思える人かどうかが大事です。それを判断するファーストステップが、私自身が目の前の学生の話に共感できるかどうかなのです。
そして、採用したい人材だと判断したら、「仕事はきついかもしれないけど、それに正面から向き合い、挑戦する覚悟はありますか」と聞きます。
【吉浦】面接で覚悟まで問うというのはちょっと驚きです。
【川畑】M&Aは成果を簡単に出せるビジネスではありません。新卒1年目で1件受注できたら、「よく頑張った」と言われる世界です。裏を返せば、受注0件が1年、2年と続く可能性があるということです。売上ゼロが1年以上続くというのは、当人にとってはかなりのプレッシャーになります。新卒だけではありませんが、ある種、残酷なビジネスなわけです。
「なかなか結果が出ないかもしれない。でも、君があきらめなかったら、私たちが先にあきらめることはない。どこまでも伴走して、結果が出るまでとことんつきあうよ」と伝えます。私ももう何年もこの仕事を続けているので、もともとの素養があって、覚悟があって、努力を重ねていれば、必ず成果を出させてあげられます。そういった自信はついてきています。
【吉浦】お話を聞いていると、「自分で育つ力」というよりも、「育てられる力」を持っている人が御社には適していそうです。私どもは、いわゆる体育会や運動部に所属しているスポーツ人材を企業に紹介することが多々あるのですが、彼ら彼女らの中にも「教えたくなる」「伸びそうだなと思わせる」人たちがいます。こうした学生たちは、その時点で実力があるわけではありません。しかし、コーチや指導者が教えたくなる何かを持っており、教えられたことを素直に聞き入れて努力する人は急成長します。
【川畑】「育てられる力」っていい表現ですね。私自身、まさにそれを武器にしてきたところがあります。
キーエンスでは1人で営業を行ない、トップセールスを記録しました。ですから、日本M&Aセンターでもトップをとれると思っていました。ところが、同じ日に入社し、同じ部署に配属された6歳下の不動産営業経験者に負け続けます。1年目の新人賞は彼がとり、翌年も彼は記録的な実績をあげて賞をとりました。
同社では当時、成績優秀者はごほうびに海外社員旅行に行けるという制度があったのですが、私以外の部署のメンバー全員が社員旅行に行き、私だけが留守番という屈辱も味わいました。その間、私は部署に1人だけ。毎日アポイントをとる電話をかけまくりながら、「なんで自分だけ成果が出ないのか、営業センスがないのか、知識が足りないのか……」と悩み、苦しみ、色々なことを考えました。でも、原因はわかりませんでした。
【吉浦】川畑社長にも、そんな時期があったのですね。
【川畑】そんなときに「おまえ、大変そうだけど、頑張ってるな」と声をかけてくれた役員がいました。その役員は別部門だったのですが、「営業に同行してやるよ」と言ってくれたのです。何件か同行してもらったのですが、なんとすべてで受注できました。
そのときに、お客様はM&A業界では駆け出しの私に不安を感じていたのだと知りました。私に足りないものがあり、それを役員が補ってくれたから受注できた。それからは上司や他部署の人、会計士など、その時々に自分に不足しているものを補ってくれる人に同行してもらうようにしました。その半年後、MVPを受賞。「ビジネスは自分1人では何もできない」ということを痛感した出来事でした。今でも事あるごとに思い出し、心に刻んでいます。
【吉浦】自分に足りないところがあることを認められる人は、それを何とか補おうと努力します。なので成長できます。逆に、自分の成功体験に固執して、やり方を柔軟に変えられない人は成長が止まってしまいます。あの大谷翔平選手ですら、毎年、投球フォームやバッティングフォームを見直し、改良しています。
【川畑】当社の幹部が好きなアフリカのことわざで「If you want to go fast,go alone. If you want to go far, gotogether.(早く行きたいなら1人で行け。遠くへ行きたいならみんなで行け)」というのがあるのですが、本当にその通りだと思います。私1人では、当社も到底ここまで来られませんでした。

「Ryoma(坂本龍馬)」「Shinsaku(高杉晋作)」など、オフィスの会議室には、坂本龍馬記念館が選定した「明治維新十傑」の名前がそれぞれ付けられている。彼らが日本の未来を憂い、国を強くしようとしたのと同様に、川畑社長も「日本を強くしたい」という強い想いを持っている。
【吉浦】最後に、将来に向けてのお考えを教えてください。
【川畑】数年後の目標に掲げているのは、10カ国以上に海外進出すること。日本企業が海外の企業を買収するサポートを行ない、日本企業が世界各地の企業を買収するのが当たり前の世の中にしたいと考えています。
そして、私どもが最終的に目指しているのは、日本を強くすることです。「円安=円弱」がどんどん進むのが象徴的ですが、世界の中で日本はどんどん弱くなっています。日本が世界から下に見られている感覚もある。豊かな自然があり、人が優しく、独自の文化があり、企業統治にも優れている。にもかかわらず、日本は世界的には弱くなっています。それが我慢ならず、日本を強くしたい一心で起業しました。
では、日本のどこを強くするのか。日本企業が日本企業を買収して相乗効果で成長して強くなる。さらに、海外の企業を買収して世界の競争を勝ち抜いていく。日本企業を強くすることが、日本を強くすることにつながる。そう考えています。
セミナールームのトビラには「Kurofune」。閉鎖的な業界構造を打ち破る「黒船」となって業界の「開国」を実現したい、という想いが込められているという。
【吉浦】日本の弱体化に危機感を持ち、何とか強くしたいと考えている日本人は少なくないと思います。
【川畑】日本企業が海外の企業を買収すれば、日本的経営―日本ならではの優れた企業統治システム―が世界に広まっていきます。それは海外の企業にとっても、社会にとっても非常に良いことなのではないでしょうか。日本が強くなることは、日本をハッピーにするだけでなく、日本的経営や日本文化が世界に広まることにもなるので、世界全体がハッピーになる可能性が大いにあります。
そのために、今はM&Aというビジネスを大きな太い柱として展開していますが、日本を強くすることにつながる事業であれば、身の丈に合った範囲ではありますが、チャレンジしていきたいとも考えています。社名にM&Aを入れなかったのは、M&Aにとどまらない事業展開をしたいと考えてのことです。
【吉浦】創業時からM&Aを足がかりに日本を強くしたいと考えていたのですね。川畑社長の覚悟がわかりました。ぜひ共に日本を強くしていきましょう。本日はありがとうございました。
更新:09月04日 00:05