
自分が務める会社の口コミサイトに何が書かれているか?気になって見てみたら、思わぬコメントが投稿されていてビックリ、そんな経験はありませんか?
退職した会社について、実体験を口コミサイトに書くこと自体が問題になるわけではありません。では、適正な「口コミ」と、名誉毀損などに問われかねない投稿の境界線はどこにあるのでしょうか。
注意したいのは、内容が事実であっても、部署や役職、具体的なエピソードから個人を特定できたり、業務上知り得た情報を公開したりするケースです。
元刑事の森雅人氏が、正義感や不満から投稿した文章が思わぬトラブルへ発展する理由をひも解き、転職口コミを安全に書くポイントと、企業が退職者とのトラブルを防ぐための対策を解説します。
※本稿は、森雅人(著)、足立直矢(監修)『これだけで、逮捕』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
【危険度レベル】
★★☆☆☆ 逮捕リスク
★★★☆☆ 懲戒・損害賠償リスク
★★☆☆☆ 逮捕されれば実名報道
会社を退職した元社員は、勤務していた会社について転職口コミサイトへ書き込みを行った。内容は職場環境や上司の言動に関するもので、部署名や役職、在籍時期など、具体的なエピソードを詳細に記載した。
その結果、社内事情を知る人間であれば、書き込みの対象となっている人物が誰なのか容易に特定できる状態に。さらに、会社の同意なく公開された情報も含まれていた。書き込みを見た関係者から会社側に相談が入り、会社は発信者情報の開示請求を実施。投稿者が元社員本人であることが判明した。
最終的に、当該書き込みは個人情報の不正な第三者提供および社会的評価を低下させる表現に当たるとして、民事上の責任を問われるとともに、警察からも名誉毀損の疑いで取調べを受け、書類送検された。
【ココがアウト!】
〇個人情報保護法違反/名誉毀損罪
匿名投稿でも個人が特定できる書き込みは「事実」「体験談」でもアウト!
退職という出来事は、ただ会社を辞めるだけではありません。自分は正当に評価されていたのか、あの出来事をどう受け止めればいいのか、許せない気持ちをどう整理すればいいのか。そうした感情が、一気に噴き出すタイミングでもあります。
もちろん、会社の問題を共有すること自体は悪いことではありません。実際に働いた人の声は、これから入社する人にとって大切な情報です。
正義感と怒りは、とてもよく似ています。
最初は職場環境への不満だったはずが、気づけば上司個人への攻撃になっている。
会社の制度への批判だったはずが、特定の社員の人格を否定する内容になっている。
こうした変化は決して珍しくありません。
匿名の書き込みは、人のブレーキを外しやすいものです。顔が見えない。相手が目の前にいない。その安心感が、普段なら書かない言葉まで書かせてしまいます。
私は、口コミを書くなと言いたいわけではありません。
書く前に、一度だけ考えてほしいのです。これは誰かの役に立つ情報なのか。それとも、自分の怒りを置いていくだけの文章なのか。
そこを意識できるかどうかが、運命の分かれ道です。
このテーマで法律が問題にするのは、「悪口を書いたかどうか」ではありません。
会社や個人の社会的評価を下げる内容を、不特定多数が見られる場所へ公開したかどうかです。
転職口コミサイトは、友人同士の雑談の場ではありません。これから就職や転職を考える人が、会社を選ぶ際の参考にする場所です。そのため、一つひとつの投稿には、人の判断を左右するだけの影響力があります。
だからこそ、事実を誇張する、一部だけを切り取る、個人的な怒りを事実であるかのように書く。こうした投稿は、会社やそこで働く人の社会的評価を不当に下げる可能性があります。
ここで重要なのが、「会社への評価」と「個人への攻撃」は違うという点です。
たとえば、「残業が多い」「評価制度が不透明」といった内容は、会社の制度や職場環境に対する評価です。
一方で、「○○部長は無能だ」「○○課長は勤務中によくサボっていた」など、特定の個人を攻撃したり、評価を下げたりする内容を書けば、名誉毀損罪や侮辱罪などが問題になる可能性があります。
さらに、転職口コミサイトにはもう一つ特徴があります。それは、一度投稿すると、その影響が長く続くことです。SNSの投稿は時間とともに流れていきますが、口コミサイトの情報は、数年後でも応募者に読まれることがあります。だから法律も、転職口コミを単なる愚痴ではなく、社会的評価に影響を及ぼす情報として見ています。
つまり、
1.会社への評価なのか、それとも個人への攻撃なのか
2.社会的評価を下げる内容なのか
3.不特定多数が見られる場所へ公開したのか
この三点が、適法な口コミと、刑事上の問題になり得る投稿との境界線になります。
転職口コミを書くこと自体は、悪いことではありません。実際に働いた人の経験は、これから就職や転職を考える人にとって貴重な情報になります。ただ、書き方を間違えると、それは会社への評価ではなく、個人への攻撃になってしまいます。
そこで意識してほしいのが、「事実」と「感想」を分けることです。
たとえば、「残業が月40時間程度あった」「評価制度が年功序列だった」。これらは、自分が経験した事実です。
一方で、「この会社は社員を使い捨てにしている」「○○部長は最低の人間だった」。
こうした表現は、事実ではない評価や感情が強く含まれています。
また、主語を「会社」ではなく、「自分」にすることも大切です。「私はこう感じた」「私の部署ではこうだった」「私には合わなかった」。このように、自分の経験として書けば、断定的な表現や誤解を招く書き方を避けやすくなります。
そして最後に、一つだけ意識してほしいことがあります。
転職口コミは、会社へ仕返しをするために書くものではありません。これから入社を考える人が判断するための情報です。その人の役に立つ内容になっているか。投稿する前に、その視点でもう一度読み返してみてください。
その一手間が、あなたを守ります。
会社がまずやるべきなのは、どこまでが自由で、どこからが法的リスクになるのかを社員へ具体的に伝えることです。「守秘義務を守りましょう」「SNSに注意しましょう」といった抽象的な説明だけでは十分ではありません。
転職口コミサイト、SNS、匿名掲示板など、実際に起こり得る場面を例に挙げながら、「何を書いてはいけないのか」を具体的に共有することが重要です。
次に、退職時の説明を軽く考えないことです。退職する社員には、秘密保持義務や個人情報の取り扱いについて、改めて説明しましょう。書類を渡すだけではなく、「転職口コミサイトへの投稿」「社内情報を含む体験談の公開」などもトラブルになり得ることを、具体例を交えて伝えることが大切です。
退職する社員としては「もう会社の人間ではない」という意識でも、業務上知り得た情報を守る責任がなくなるわけではありません。
その認識を会社と社員の双方で共有しておくことが、不要なトラブルを防ぐことにつながります。
更新:09月17日 00:05