
ロンジェビティ(longevity)とは、2010年代から欧米を中心に注目されてきたキーワードで、直訳すると「長寿」「寿命」を意味します。場合によっては「労働寿命」を指すこともあり、老化防止や予防医療、健康寿命の延伸、遺伝子編集、若返り、不老不死といった幅広い文脈で使われています。
なかでも「キャリア・ロンジェビティ」は、「現役として働き続けられる期間」を意味します。超高齢化社会を迎えた日本では労働力不足が深刻化しており、いかにキャリア・ロンジェビティを伸ばすかが大きな課題です。後藤宗明氏は、その手段としてリスキリングが有効だと指摘します。書籍『AI時代の組織の未来を創るスキル改革 リスキリング 【人材戦略編】』をより解説します。
※本稿は、後藤宗明著『AI時代の組織の未来を創るスキル改革 リスキリング 【人材戦略編】』(日本能率協会マネジメントセンター)より内容を一部抜粋・編集したものです
サステナビリティ、健康経営、人的資本経営、こうした表現はこれまで主に企業目線でのものでした。リスキリングは本来企業目線であるべきものが、リスキリングを行うのは個人の自己責任だという誤解が生じてしまいましたが、現在は業務時間内に企業がスキル習得支援を行うのがリスキリングであると正しく認識され始めています。
働く個人が超高齢社会における課題を認識し、自ら健康で長く働き続けることにプライオリティを置くことがとても重要なのは言うまでもありませんが、それを企業がしっかり支援してく体制を整えることが今後求められていくのではないでしょうか。
僕自身、40代後半からいろんな健康上のサインが出ていましたが、抜本的に対策を取ってきませんでした。53歳になり、心身の健康を犠牲に働き続けてきた代償がいろいろ出てきた結果、「未病」段階で止めなくては、とやっと「自分ごと」として真剣に取り組めるようになりました。
意識醸成の1つのきっかけは、健康データの見える化、可視化にあると考えています。ビジネス誌の編集や取材に携わる方々とお話をしていてよく伺うのが、「健康関連の記事は読者数が増える」という事実です。やはり中高年の方々も、自分の健康については気になるのです。
しかし依然として健康を犠牲にするような働き方をしている方が多いのは、仮説として、ここに「実践」の課題があるのではないかと考えています。
リスキリングの世界では、学んでおしまいの「学びっぱなし」が問題なのですが、ロンジェビティ実現に向けた健康管理の世界では、記事の「読みっぱなし」になっているのではないか、と。そのため、デジタルに苦手意識を持つ方には、自分の健康データの取得と管理の習慣からリスキリングを開始することをおすすめしています。
AIの分野のリスキリングをやれと言われてもやる気にならないけれど、自分の健康データから新しいツールを使ったり、データ管理をするのであれば、自分ごとになっていくのではないか、と。
こうしたロンジェビティを実現するための健康データ管理の取り組みがドライバーとなって、リスキリングのやる気スイッチの一つが、キャリア・ロンジェビティの延伸につながっていくのではないか、と期待をしています。
2024年6月、欧州で開催されたリスキリング分野の学会で、シカゴ大学ブース経営大学院アンダース・ホムロム助教の大変勇気をもらえる研究結果を目の当たりにしました。
論文"Changing Tracks: Human Capital Investment After Loss of Ability"(訳: 軌道修正:能力喪失後の人的資本投資)において、負傷して従来の仕事を継続できなくなった肉体労働者が学士号取得プログラムを通じてリスキリングを行うと、負傷前よりも25%高い給与を得られ、抗うつ薬の処方を受けたり、障害保険を受給したりすることを回避できる、といった研究結果です。
1つ目のグループでは、事故後にリスキリングを実施しなかった場合、病気休暇を取得しながら障害保険を受給し始め、5年目から100%障害保険受給での生活を送ることになります。
一方で2つ目のグループは、事故後に病気休暇を取得しながら1年後から少しずつ時間をかけてリスキリングを開始していきます。4年制学士号プログラムに挑戦する場合、負傷した労働者は、以前の職よりも身体的負担が軽く、経験を活かした学位を取得するケースが多く見られています。例えば、多くの大工は建設建築の学士号を取得する等です。
時間は少しかかりますが、リスキリングした負傷労働者の約80%が事故後7年以内に雇用を見つけ、平均して事故前の給与の25%増を稼いでいるのです。そして10年後には、79%の方が雇用される状態になっているのです。
またリスキリングを行わない労働者は政府の障害手当を受け取り、抗うつ薬を処方されることが多くありますが、リスキリングを実施した労働者はこれらの増加が見られないのです。雇用者として働くことができることによる税収増加と社会保障費支出の削減により、負傷労働者向けのリスキリング補助金は、その費用の4倍の利益を生む結果となることが示されているのです。
結論として、肉体労働者向けの高等教育を通じたリスキリングは、職業転換を支援する効果があり、高等教育へのアクセスを拡大する政策は、労働の自動化やグローバル化による肉体労働者の職業転換に対する影響を緩和する可能性があると締めくくっています。
ホムロム助教とお話しした際、日本のような超高齢社会においても、体が動かなくなってしまった高齢者がリスキリングを通じて社会保障費を削減し、高齢労働者が活躍し続ける社会を築くことができる可能性があるのではないかと期待していると仰られていました。
大切なことは、若いうちからリスキリングを習慣のできるように企業が支援を行い、万が一の事態になった時にも、リスキリングを通じて働き続けることができる、という文化を作っていくことではないかと考えています。
更新:10月02日 00:05