2025年09月05日 公開
(写真撮影:江藤大作)
埼玉県さいたま市桜区のJR西浦和駅近くにある「団地キッチン」田島。カフェやシェアキッチンを備えたこの施設で、意外にも本格的なクラフトビール作りが行なわれている。運営するのは、UR都市機構の団地を中心に管理・修繕を手掛ける日本総合住生活(株)(以下JS)だ。一体なぜビール作りを? そこには集合住宅管理のパイオニアならではの深い理由があった。(取材・構成:石澤 寧)
「団地キッチン」田島は、田島団地(さいたま市桜区)の入口近くにある、「食」をテーマにコミュニティの活性化を目指す施設。銀行の支店跡地をリノベーションして2022年8月にオープン。
JR西浦和駅から徒歩2分、田島団地に隣接した「団地キッチン」田島の一角では、JS事業計画課に所属する柳川剛慶さんがビールの仕込み作業に取り組んでいる。ステンレスのタンクが並ぶブルワリーは本格的で、年間7000ℓ近いビールを製造している。
以前は、建築専門誌の編集などに携わっていた柳川さん。子育てが一段落し、地元客として通っていた「団地キッチン」田島で働くことに。
「プライベートでビール用の麦栽培に関わったことはありますが、醸造は初めて。やりながら覚える形で技術を習得しました」
ビール作りに関する様々な研修にも積極的に参加するなど、日々研鑽を重ねながら独自のビール作りに挑んでいる。
「団地キッチン」田島のヘッドブルワー(醸造責任者)の柳川剛慶さん(左)と、コミュニティマネージャーの立野慎弥さん(右)。(写真撮影:江藤大作)
その柳川さんと共にブルワリー運営に携わっているのが、JS事業計画課副長の立野慎弥さんだ。リフォーム部門から今年6月に異動してきたばかりで、「まさかビールの担当になるとは思いませんでした」と笑う。
立野さんは、「団地キッチン」田島を担当するコミュニティマネージャーでもある。その役割は、地域の人たちと密にコミュニケーションを取りながら、地域を盛り上げる活動を行なっていくこと。クラフトビールの存在はその活動にも大いに役立っている。
「『団地キッチン』田島だけでなく、近隣の商店街のお店でも販売していただいています。最近は地元の飲食店にも卸すようになりました。お店のウリが増えたと喜びの声が寄せられています」(立野さん)
JSは、地元農家やシェアキッチン利用者などが出店する「団地キッチンマルシェ」を月1回程度開催しているが、そこでもビールは大好評。「団地キッチン」田島のクラフトビールは、「地域のビール」として定着しつつあるようだ。
「団地キッチンマルシェ」は、地域住民や生産者との交流の場。ビールを飲む嬉しそうな表情を見られたり、味に対するフィードバックを直接もらえたりする貴重な場にもなっている。
地元産の米を使った「サクラソウクラフト」(左)は、「ジャパン・グレートビア・アワーズ2025」で銀賞を受賞。地元のシンボルであるサクラソウのピンク色を表現した「サクラソウヒメ」(右)とともに、代表作として親しまれている。この2つのビールは、「さいたま推奨土産品2025-2026」にも認定された。
「団地キッチン」田島のクラフトビールは、「地域」にこだわっている。
定番商品の「サクラソウクラフト」には、地元産の米を使用。桜区の「区の花」であり、さいたま市の「市の花」、そして埼玉県の「県の花」でもあるサクラソウの名を冠した代表作だ。「サクラソウヒメ」は、ビーツパウダーによってサクラソウの華やかなピンク色を表現。女性からも人気を得ている。
「まちづくり協議会の方々や地域の皆さんに試飲もしていただきながら、一緒に作り上げたビールです。それだけに『自分たちのビール』と思っていただけているのではないでしょうか。今も皆さんの声を参考に味を微調整することもあります」と柳川さん。住宅管理会社として住民と直に接し、その声に応えてきたJSの現場主義がここに生かされている。
他にも、狭山産のお茶を使用した「狭山茶ラガー」、埼玉県産の鬼ゆずをフレーバーに使った「鬼ゆずセゾン」といったビールなども製造。地域で作られたものを用いながら、地域の住民と一緒に作り上げる。まさに「団地キッチン」田島ならではのビール作りと言えるだろう。
2024年11月に行なわれたサクラソウクラフトビールの完成発表会。ビール作りの当初から試飲などで協力してくれたまちづくり協議会のメンバーをはじめ、多くの地域住民が"地元の味"の誕生を祝った。
もっとも、住宅管理会社がビール作りを始めるのは簡単なことではなかった。会社の定款の変更や税務署の審査など、たくさんの手続きが必要だったという。
「当初は専門家の指導を受けながら何度も試作を繰り返したそうです」と、柳川さんは前任者から聞いた当時の苦労を振り返る。
JSはなぜ、ここまで本格的にビール作りやコミュニティ形成活動に取り組むのか。その背景には、集合住宅管理のパイオニアとしての強い使命感がある。
「全国の団地やニュータウンでは、建物の老朽化や住民の高齢化とともに、コミュニティの希薄化が大きな課題となっています。全国約90万戸の集合住宅を管理する私どもJSにとって、建物の管理といったハード面だけでなく、そこに住む人々の暮らしやコミュニティといったソフト面を支えていくことも重要な役割なのです」(立野さん)
「団地キッチン」田島は、食をテーマにコミュニティを活性化し、にぎわいを創出する拠点となることを目指して作られた。その際、地域の魅力をJS自らが作り発信する機能も必要と考え、「ブルワリー」を併設することにした。ビールを通じて地域のつながりを深め、新たなコミュニティを育てていくこと。それこそが、60年以上住民と向き合ってきたJSならではの取り組みなのだ。
ブルワリー、カフェに加え、プロユースのシェアキッチンも備え、地域住民が"自ら作り出す"場にもなっている。
最近では新たな循環も生まれている。ビール製造で出る麦芽粕(かす)をシェアキッチン利用者がクッキーに加工してマルシェで販売したり、養鶏農家が飼料として活用したりしている。「麦芽粕は繊維質が豊富で、海外ではスーパーフラワーと呼ばれています」と柳川さん。飲食店で出たパスタの端材を使ったビールの試作にも取り組むなど、地域内で循環の輪も広がってきている。
「さらなる美味しさの追求はもちろん、地域の方々と一緒に作ることも大事にしていきたい」と柳川さん。(写真撮影:江藤大作)
立野さんは、「直接地域の方々と接しながら、この場を作っていけることが一番の喜びです」と笑顔で語る。
地域の可能性に光を当て、住民と一緒にコミュニティを育てていく。こうした活動が広がっていけば、各地の街はより元気になっていくに違いない。
JSは「団地キッチン」田島の他にも各地で地域コミュニティ拠点を運営し、その活性化に貢献している。写真は、多摩ニュータウン活性化の拠点となっている「J Smile多摩八角堂」(東京都多摩市)。
団地内のシェアハウスに若者が住み、「本」を介して若者や地域住民が緩やかにつながる「『読む団地』ジェイヴェルデ大谷田」(東京都足立区)。
「リノベーション施設の地域コミュニティ創り」と「"食"や"本"を通じたコミュニティ拠点の運営」が評価され、2023年度の「グッドデザイン賞・ベスト100」に輝いた。
【お問い合わせ】
日本総合住生活株式会社
03-3294-3381
https://www.js-net.co.jp/
更新:09月16日 00:05