2024年03月04日 公開
「住みたい街」として、改めて人気を集めている埼玉県さいたま市。その西部・さいたま市桜区のJR西浦和駅近くにある施設が話題になっている。その名も「団地キッチン」田島。
UR都市機構グループの管理会社・日本総合住生活(株)が運営する、「食」を中心にコミュニティの活性化を目指す場所だという。いったいどんな施設なのか、現地を取材した。(取材・構成:石澤寧)
↑カフェ
入ってすぐに広がる「カフェ」は、文字通り団地キッチンの「入口」となる。ランチやティータイムには、特に多くの人でにぎわう。
西浦和駅から徒歩2分の田島団地は、60年近い歴史を持ち、高齢化によりコミュニティの活性化やにぎわいの創出が課題になっていた。そこで、この団地を所有するUR都市機構から、管理会社である日本総合住生活(株)(以下JS)に相談が持ちかけられた。
JSは全国約90万戸の集合住宅を管理すると共に、団地周辺の地域コミュニティ活性化にも取り組んでいる。そして田島団地に隣接した銀行をリノベーションし、2022年8月にオープンしたのが「団地キッチン」田島だ。
↑シェアキッチン
広い空間と本格的な設備で、多人数での調理やワークショップができるイベント用キッチン。菓子製造と惣菜製造に対応したキッチンも一つずつ備える。
入口を入ると、広々とした奥行きと高い天井のオシャレな「カフェ」があり、多くのお客さんがお茶と会話を楽しんでいる。右手には「シェアキッチン」が。プロユースのガスコンロやピザ窯まで備え、多人数での調理も可能な本格的なキッチンだ。
コミュニティスペースとしてカフェを作るのは珍しくないが、なぜ「キッチン」?
「利用者が"自ら作り出す"場を作っていきたいからです」とJS事業計画課副長の中野瑞子さんは語る。
「"食"には人と人をつなぐ力があります。料理をみんなで作ったり食べたりすると、より親近感が増しますよね。そうした場があれば、地域コミュニティ発で新しいものを生み出す動きにもつながるのではないかと考えました」
菓子製造、惣菜製造の許可にも対応したキッチンが一つずつあり、イベント用と合わせ計3つのキッチンを備える。料理教室を開いたり、販売用のパンや惣菜の製造を行なう利用者もいるそう。「食のクリエイティブ」の拠点になっているのだ。
↑ブルワリー
地元産の食材をフレーバーに加えたオリジナルのクラフトビール等を醸造。ビールづくりのワークショップも開催している。
もう一つ特徴的なのが、「ブルワリー」。「鬼ゆず」や「焼き芋」など、地元産の食材をフレーバーに加えたクラフトビールを製造し、JS自ら「まちの味」を作ろうとしている。確かにこんな場所はなかなかない。企業や団体の視察が絶えないのも納得だ。
↑真剣な表情でクラフトビールづくりに取り組むJSの上野雅佐和さん。「"自ら作り出す"場」というコンセプトを、同社が自ら率先して形にしている。(写真撮影:まるやゆういち)
住宅管理会社がビールをつくるのはユニークだが、当然、ハードルはあった。中野さんと同じ事業計画課に所属し、ビール醸造を担当するコミュニティマネージャーの上野雅佐和さんは話す。
「会社の定款の変更や製造許可を得るための税務署の審査など、たくさんの手続きが必要でした。並行して専門家の指導のもとビールづくりを学び、機器を入れてからは試作を繰り返しました。とにかく時間がかかりました」
以前は別会社でマンションの修繕などに携わっていた上野さん。JSでも同様のつもりで転職したらまったく違う仕事になったと言うが、笑顔は満足げだ。
↑毎月第4土曜日に開催する「マルシェ」では、地元の農家やシェアキッチンの利用者などが出店し、「地元・埼玉の食」を知る機会を提供。出店者同士のコラボのきっかけにもなっている。
ビールづくりだけでなく、コミュニティづくりも「団地キッチン」の重要なミッションだ。そのためのイベントが「団地キッチンマルシェ」。地元農家の野菜販売や、地域特産の食材を扱う料理のワークショップなどを月1回のペースで開催している。
「はじめは生産者の方とつながりもない中、手探りでした。各所へ勉強に回るうち、地元食材の普及に力を入れる団体の協力も得られて、内容も充実してきました」と中野さん。
深谷ねぎ、行田在来枝豆など、地元の旬の食材にスポットを当てる。「近所にこんな美味しいものがあったんだ」「こういう料理の仕方もあるのね」と、「作る」「食べる」に加えて、「知る」という「団地キッチン」の重要な役割を担う。近所の農園のいちごを販売した際には、約40人が行列したというから大変な人気だ。
↑菓子製造に対応したシェアキッチンでは、販売用のパンやお菓子の製造が可能。土筆堂の井瀬翠さんのように、ここをきっかけに活動を広げている人も現われている。(写真撮影:まるやゆういち)
シェアキッチンの利用者が出店するのも、このマルシェの特徴。パン焼きを中心にワークショップを開催する土筆堂の井瀬翠さんもその一人。以前は主に自宅でパンをつくっていたが、「シェアキッチンで世界が広がりました」と笑顔で話す。
「生産者の方々やお客様とのつながりができたのが大きいですね。パンを通じて、地元の方々に地元の食材の魅力を感じてもらえる機会になれば」と井瀬さん。「団地キッチン」で近くのJRの駅長と知り合い、その縁でJR東日本主催のパン・イベントにも出店するなど、活動を広げている。
「ここがなかったら、考えられないこと」と井瀬さんは語る。
彼女だけでなく、シェアキッチンの利用者やマルシェの出店者同士が直接つながり、コラボする動きも生まれている。「団地キッチン」は、事業を成長させる"インキュベーション・キッチン"の役割も果たしているようだ。
西浦和駅は同じく「浦和」と名が付く他の7駅と比べてこれといった目玉がないというのが、西浦和駅周辺住民の気がかりだったという。だが、「団地キッチン」はその状況を変えつつある。田島団地や駅周辺住民はもちろん、隣の区から足を運ぶリピーターも増えているという。
全国の団地で課題となっている高齢化やコミュニティの希薄化について、「団地キッチン」は一つの具体的な解答例になる。それが可能だったのは、JSが管理会社として住民と直に接してきた蓄積があるからだ。
「クリーンメイト」と呼ぶ清掃スタッフがその代表だが、JSは住民の快適な生活に寄与する活動を60年以上続けてきた。
「『団地キッチン』の取り組みも目指すところは変わりません」と中野さん。外注に頼らず、ビールの醸造まで社員自らが手がけるのも、「お客様の声を聞くのが第一」という、同社の現場主義の表われだ。
自分もこういう仕事がしたい、と希望する就活生も増加中とのこと。従来の管理会社の枠に収まらない活動がさらに広がり、共感する若者たちが増えれば、団地を含む地域全体の暮らしがより良く変わっていくに違いない。
↑J Smile多摩八角堂(東京都多摩市)
イベント会場などに多角的に利用できる貸しコミュニティスペースやベーカリーを設置。高齢化が進む多摩ニュータウン活性化の拠点となっている。
↑「読む団地」ジェイヴェルデ大谷田(東京都足立区)
「本」をテーマにしたシェアハウス&コミュニティ施設。団地の中のシェアハウスに若者が住み、「本」を介したイベントなどで人々が緩やかに交流する場をつくっている。
↑上記2施設と「団地キッチン」を含む5施設での「リノベーション施設の地域コミュニティ創り」/「"食"や"本"を通じたコミュニティ拠点の運営」が評価され、JSは2023年度の「グッドデザイン賞・ベスト100」に輝いた。
【お問い合わせ】
日本総合住生活株式会社
TEL:03-3294-3381
https://www.js-net.co.jp/
更新:10月14日 00:05