THE21 » キャリア » 男性が“自身の弱さ”と向き合う難しさ 『男が男を解放するために』【書評】

男性が“自身の弱さ”と向き合う難しさ 『男が男を解放するために』【書評】

2025年05月07日 公開
2025年06月03日 更新

大村壮太(作家)

弱者男性

近年、注目を集める「弱者男性」という言葉の背後にある、複雑な感情と社会構造。そうした現代社会の病理に深く切り込んだ一冊、杉田俊介著『男が男を解放するために──非モテの品格・大幅増補改訂版』(Pヴァイン)を紹介する。

 

『男が男を解放するために 非モテの品格・大幅増補改訂版』 

男が男を解放するために

インターネットの片隅で、「弱者男性」という言葉が重く響き、出口のない怨嗟の声がこだまするような現在。杉田俊介の『男が男を解放するために──非モテの品格・大幅増補改訂版』は、そんな息苦しい状況に、静かだけれども確かな一石を投じる一冊である。

2016年の『非モテの品格』に大幅な加筆修正を施した本書は、特に2022年夏の山上徹也事件以降の社会の空気をも吸い込みながら、「弱さ」をめぐる語り方そのものを、根本から考え直そうと試みる。

著者は、自らが経験してきた社会からの疎外感やコンプレックスを隠さない。むしろそれを思考の出発点として、恋愛における厳しい格差、仕事や収入によって引かれる社会の分断線、そして近年注目されるインセル(Incel:非自発的=望まない独身者)と呼ばれる人々の抱える問題へと、まっすぐ目を向けていく。

しかし、杉田の筆致は、世にあふれる単純な二元論とは異なる。〈非モテ男性=社会の脅威〉といったステレオタイプにも、〈男だって被害者だ〉という安易な自己肯定や反論にも、簡単には与しないのだ。

彼は、その両極端の間にあえて立ち止まり、一方に偏るのではなく、加害と被害、強さと弱さといった、簡単には割り切れない人間の複雑さを見つめようとする。その対立や矛盾を深く掘り下げることでしか見えてこない景色を、粘り強く描き出そうとするのである。

この「立ち止まる」姿勢は、本書の核心にある考え方だ。根底には、ニーチェが指摘したような、弱さが転じて他者への攻撃に向かう「ルサンチマン(怨念)」への警戒がありつつも、単にそれを否定するのではない。むしろ、そうした感情が生まれる仕組みを冷静に分析し、そのエネルギーを破壊するのではなく、別の方向へ向けられないかを探る。

つまり、怨念をただ溜め込むのではなく、「引き受け、言葉にし、社会の問題として考え直す」という、難しいけれど重要なプロセスを提示する。

その考え方が具体的に展開されるのが、読み応えのある第三章のケア(Care)論である。著者は自身のALS患者支援や育児の経験を通して、これまで主に女性の役割とされてきた「ケア」という営みを、男性自身の問題として引き寄せる。

ここで強調されるのは、誰かに頼ることや、自分の弱さ(脆弱性)を見せることは、特別な誰かのものではなく、人間なら誰にでもある普遍的な側面だという認識だ。

著者は、「ケアは女性のもの」という固定観念を解きほぐし、男性自身が「ケアされる存在」としての自分を想像してみることの大切さを語る。頼ることは恥ではなく、むしろ人が共に生きていく上での前提なのだ、と。この視点が、本書を単なる「男性救済論」から解き放ち、より広い人間解放の可能性へと繋げている。

続く第四章では、インセル現象を分析し、現代社会の一側面を鋭く映し出す。海外での事件にも触れつつ、日本の匿名掲示板などで見られるような、歪んだ自己愛や女性嫌悪(ミソジニー)が渦巻く状況を描写する。

ここでも著者は、彼らを一方的に断罪しない。むしろ、彼らの抱える欲望の構造を理解しようとしながら、「自分の内面と向き合い、欲望のあり方を変えていくこと」と、「社会の仕組みや制度を変えていくこと」の両方が必要だと説く。

明確な答えを示すのではなく、この二つの間を行き来する、終わりなきプロセスのなかに希望を見出そうとするのだ。

そして、終章で示されるユニークな考え方が「水子弁証法」である。これは、成功や自立といった、これまでの社会が重視してきた価値観から一度距離を置き、未熟さや失敗、依存といった、いわば「うまく生きられない」部分を抱えたまま、他者との関係を結び直していく試みを指す。

成功者だけが称賛されるのではなく、傷つきやすく不完全な存在であることを出発点として、そこから生まれる繋がりや共同性の可能性を探る。効率や生産性が優先されがちな現代への、静かな、しかしラディカルな問いかけと言えるだろう。

もちろん、「弱さ」を語ることには危うさも伴う。ネットを見れば、自分の弱さを盾に他者を攻撃するような人もいる。杉田もそのリスクは十分承知の上で、それでも安易に議論を閉ざそうとはしない。彼が選んだ「立ち止まる」という態度は、時に回り道に見えるかもしれないが、すぐに答えを求める風潮への大切な抵抗なのかもしれない。

総じて、『男が男を解放するために』は、男性学、フェミニズム、ケア論といった分野を横断しながら、「弱さ」という切り口から現代社会を問い直す、注目すべき意欲作だ。

具体的な解決策をすぐに求める人には、もどかしく感じる部分もあるかもしれない。しかし、社会の底流にある声にならない苦しみや願いを丁寧に拾い上げ、それを皆で考えられる言葉にしていくための、重要な一歩となるはずだ。迷い、考え続ける語りの中にこそ、複雑な「男性問題」のリアルが照らし出されるのだという確信が、本書にはある。

読後、すっきりするよりも、むしろ考えさせられる、そんな「モヤモヤ」が残るかもしれない。だが、その感覚こそが、簡単には答えの出ない問題の深さを示しており、じっくりと考え続ける中で育っていく思考の芽なのではないだろうか。

 

THE21の詳細情報