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“静かな退職”がスタンダードに...石丸伸二氏も「意味がない」と感じた、日本の横並び意識

2025年03月19日 公開

海老原嗣生(サッチモ代表社員/大正大学表現学部客員教授)、石丸伸二(地域政党「再生の道」代表)

海老原嗣生氏、石丸伸二氏

国内外の雇用の現場を自らの足で歩き、労働問題に鋭い分析とリアルな提言を行なってきたジャーナリスト・海老原嗣生氏。その海老原氏の新刊『静かな退職という働き方』(PHP新書)の発刊を記念し、2025年2月20日に特別イベントが開催された。

ゲストは、気鋭の政治家・石丸伸二氏。雇用と政治、それぞれの問題とがっぷり四つに組み合う二人の対談をレポートする。

構成:石澤寧 写真撮影:吉田和本

※本稿は、『THE21』2025年5月号より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

「静かな退職」を肯定的に評価する

【海老原】若い世代を中心に浸透してきている「静かな退職」は、旧来の働き方に慣れた上の世代からは批判的に見られがちです。でも、世界を見渡せばこういう働き方こそスタンダードです。「やるべきことをやって、過剰な奉仕はしない」という姿勢を肯定的に見ることで、日本企業の経営の改善や、日本人の生き方の向上にもつながるんじゃないか。

もっと言えば、横並び意識から過剰な労働に没頭している日本人の働き方は、いいかげんにやめたらいいんじゃないか。僕がこの本を書いたのはそんな意図からです。

【石丸】おっしゃる通りだと思いますね。僕もメガバンクにいたときはモヤモヤしながら働いていました。誰もが出世できる可能性がある日本の働き方は、みんなにチャンスがある半面、全員が否応なく競争にぶち込まれるわけです。

全員が必死に働くと、その集団内で能力の差はそれほど出ないので、細部で差をつけようとする。上司に気に入られるとか宴会の仕切りがうまいとか、仕事の本質とは関係のないところに力を入れ始めるんです。そういうのはマジで意味がないと思います。

【海老原】目の前に2軒のラーメン屋さんがあるとします。1軒はスタッフが総出で最高のおもてなしをする店で、もう一軒は頑固おやじが一人でやっているサービスがゼロの店。でも味は、前者はまずくて後者はうまい。どっちに行くかといったら後者ですよね。働き方も一緒で、ちゃんと仕事ができればそれでいい。

政治家についても同じだと思います。餅つきや冠婚葬祭の挨拶なんてどうでもいいじゃないですか。僕は餅を一緒についたからって、その人に票を入れたりしませんよ(笑)。いい政策を考えている人に入れたい。そうしない日本の民衆も悪いんじゃないですか?

【石丸】たしかに民衆の責任もあるとは思います。ただ、実態は声の大きい少数が幅を利かせていて、その人たちの機嫌を取るのが目的になっている気がしますね。

さっきのラーメン屋さんのたとえでいうと、味とは関係ないところでケチがつくんですよ。店主の態度が悪いとか、挨拶をしなかったと低評価をつける人がいる。こういうノイジーマイノリティのような人たちを恐れるから、長いものに巻かれる意識になってしまうんだと思います。

【海老原】石丸さんはうるさい人の言うことを聞かないじゃないですか。みんながそういう姿勢を取れば、日本も変わるんじゃないですか。

【石丸】変わります。僕が安芸高田市長のときは、儀礼的な活動はほぼ無視していましたが、やっぱり声の大きい人たちから文句を言われました。でもそれでも態度を変えなければ、向こうのほうが諦めるんですよ。

「振り上げた拳をいつ下ろすの?」と聞かれたことがあるんですが、「振り上げた拳は下ろすんじゃなくて打ち抜くんです」と答えました。そこまでやらなきゃダメなんです。

 

「商売の原則」がわからない日本人

【海老原】「お客様は神様」という慣行もそろそろ壊したほうがいい。さっきのノイジーマイノリティのような人たちの言うことは聞かなくていいし、少しのミスで目くじらを立てるようなこともやめにしたほうがいい。

例えば、コロナ禍のときに手違いで一人に4630万円の給付金を振り込んでしまった、という事件がありました。ワイドショーでも連日取り上げられていましたが、アメリカでは、一人に63億円を支払ってしまった、というミスがあったんです。

アメリカ人からしたら、「なんで日本はその程度で騒いでるんだ?」と思いますよね。「急いでたから仕方ないよね、返してもらえばいいじゃない」で終わりですよ。日本人は細かいことに文句を言いすぎなんです。

【石丸】そうですね。「お客様は神様」の話でいうと、安芸高田市の中学校で生徒たちに聞いたことがあるんです。「お客さんが、ある商店で100円の商品を買いました。得したのはどっちでしょうか」と。すると、「売ったほう」と答えた子のほうが多かったんですね。

でも、等価交換が商売の原則ですから、売ったほうだけじゃなくて買ったほうだって得しているんですよ。片方しか得をしないのであれば成り立たない。大人でもこれを理解していない人が多い。だからお客様は神様とか言い出すんです。お客様が神様だったら、売るほうも神様ですよ。これを大人がしっかり理解して、子どもに教える必要があると思いますね。

【海老原】その話を聞いて思い出したんですが、アメリカではマーマレード瓶の中に青虫が混入しても1万本に1本の頻度なら許されるそうです。昔、FDA(アメリカ食品医薬品局)が厳しく取り締まっていたら、マーマレードを製造している会社がみんな「では、我々はマーマレードを作りません」と言い出した。そこで、FDAが折れて基準を緩めた、ということがあったそうです。

つまり会社の側も、顧客や政府が言うことを丸飲みするのではなく、自分たちの正当性を訴えていったほうがいい。全部無料です、サービスです、というのもやめるべき。海外ならサービスは有料なんだから。

【石丸】全面的に同意です。サービスの付加価値をきちんと認識できるシステムが欲しいですね。タダなわけないだろう、っていう。

【海老原】石丸さんの政治団体「再生の道」も、餅つきと冠婚葬祭を有料にしたらいいんじゃないですか?

【石丸】今の法律でそれをやるのはなかなか難しいですが(笑)。手っ取り早いのは全部禁止ですよ。そのほうがわかりやすい。新年会も行くなと。

例えば、ある都議は、1月のひと月で70件の新年会に参加したそうです。会費1万円を持ってビール1杯だけで「すみません、次があります」と引き上げる。でも主催者はそれで1万円が入れば喜ぶわけです。でも、ひと月に70件もの新年会に出るのが政治活動なのか。そういう動きはやめさせたいですね。

【海老原】そこはやはり「再生の道」が、そういうことはやらないと明言して当選して、無意味なことをやっても支持されない流れをつくればいいんだと思う。ぜひ、日本型の村社会を変えてほしいですね。

 

なぜ高校の生徒会長に100万円を渡したのか

【海老原】今、日本が国策として取り組んでいる「リスキリング」についても問題だと思っています。アメリカのスーパーでは、レジ係がスマホで無駄話をしながらレジ打ちをしてますよ。それでも時給3000円くらいもらっている。そういう人たちはスキルアップなんかしない。

日本では、みんなで給料を上げるためにリスキングしよう、という。だけれど、本当はやりたい人がやればいい。全員一律はおかしくないですか。

【石丸】そうですね、変えるべきですね。日本という国は国民みんなが同質だという前提で事を進めようとするんですが、そんなわけないじゃないですか。その事実をきちんと認識したほうがいいですよね。

【海老原】日本では、能力のある人や、やる気のある人を特別扱いすることを嫌う。でも、石丸さんはそこにも挑戦していますよね。

【石丸】安芸高田市長のとき、二つの公立高校の生徒会長に、好きに使っていいと100万円を渡す、という事業を始めました。先生も使い道に口を出せなくて、生徒会長の自由に使える。そうすると、生徒会長になるインセンティブが生まれるんですね。

そして、生徒会長選挙で100万円の使い方を公約に掲げるようになり、選挙は盛り上がる。そこから生まれた生徒会長に100万円渡すのならば、どんな使い道をしても意味はあると考えました。

【海老原】従来の日本の考え方だと、100万円を100人に1万円ずつ配りましょう、となる。でもそれでは何も変わらない。その点で、「再生の道」の都議選の候補者選びの方法もすごいですね。

【石丸】16~24歳の若者の中から、生徒会長など50人以上の代表を経験した人を優先的に選んで、面接官を務めてもらう予定です。被選挙権がない人たちの政治参加を進める意図でこの方法を採用したんですが、とても有望な若者たちが集まってきています。

候補者の人たちもすごい人材が揃っているんですが、その人たちでも油断したら食われるなというぐらい、面接官に応募してきた若者たちの資質がすごい。

【海老原】芽のあるやつを思いっきり引きあげていく仕組みが必要ですよね。

【石丸】人が動く際に一番大事なのは、熱量、モチベーションなんです。それはやはり個人差がめちゃくちゃ出ます。そのとき、下に合わせてはダメで、高い人に狙いを定めて、その人がやる気を発揮できるようにしないといけない。

このやり方は、「みんな選挙に行こう」と言うのではなく「まずはやりたいやつがやれ」という選抜型ですね。そこに応募してくる人たちは、若くても光るものがありますね。

【海老原】すごい。日本の若者も捨てたもんじゃないですね。

【石丸】捨てたものどころか、素晴らしい人材が眠ってました。そういう若者たちに、私たち中年の屍(しかばね)を踏み越えて高く飛んでほしいですね。

 

日本=村社会の歴史的な背景

【海老原】これまでの日本のやり方は、護送船団方式でみんなを下から底上げしていくやり方でした。ベンチャーの育成でさえ、さぁみんなでやりましょうって言って、上げ膳据え膳でお金出せばなんとかなると思っている。それがリスキリングのような国策としていまだに残っているわけです。でも、それではもううまくいかないのは明らかです。

ただ、だからといって、義務教育の段階で3割が落第してしまう欧州型の階級社会がいいとも言えない。石丸さんはどう思いますか?

【石丸】ヨーロッパはやはり階級社会で、そこから市民革命が起きて民主主義が根づいた経緯があります。一方、日本はそれを経ずに今に至っているので、階級社会にある種のアレルギーがあるのは日本のほうなのかなって思いますね。

【海老原】そうなんですよ。ちょっと労働社会学の話をすると、ウェストファリア条約で主権国家というものができて、その後、市民革命が起きて自由主義と民主主義ができて、議会というものもできて労働法もできて......と、働くということを仕組み化してきた歴史がヨーロッパにはあります。

しかし、日本は近世というものがなくて、250年分のノウハウを輸入していきなり現代に入ってしまった。葛藤を経ることなく、自由主義と民主主義を村落共同体の論理で書き直しちゃったのが日本なんです。村長がいて、その言うことを聞いていたら可愛がってもらって良くしてもらえる。会社でも政治でも、この論理が幅を利かせているのが日本社会だと思います。

【石丸】まったくその通りです。でもさすがに、そろそろこの論理を正していくべきときだと思いますね。

 

ケインズも想定外の好機 日本が世界の最先端に

【海老原】実は今、大卒正社員の数がどんどん増えています。ですから、分業すれば、一人が短く、たくさんの人が働く体制が可能になりつつある。これが今後の働き方の一つの正解になると思います。

これまで4人が5日出勤で働いていたのを、5人で分業すれば4日出勤でも同じ仕事量がこなせます。週休3日にできるわけです。こういうフォーメーションを取る会社が出たら、応募が殺到しますよ。しかも、一人当たりの労働量は減るので、バリバリ働く優秀な人でなくともいい。採用もラクになります。二つの意味で企業にはメリットがあるんです。

社会の動きにぴったりの体制を取った企業というのは、必ず社会から祝福されます。それが長年、労働の現場を見てきた私の実感ですね。

一方で、非正規の現業領域に関しては、人がますます減ってくる。高卒や短大卒の人が減っているし、主婦も正社員になる人が増えて、非正規には出てこない。前期高齢者も減ってくる。現業の非正規社員の人手不足はさらに深刻になるでしょう。

するとどうなるか。仕事に見合った給与や待遇が用意できない会社はどんどん潰れていき、生産性が高くて高い給料を払えて、待遇がいい会社だけが残る。こういう政策を国は始めつつあります。

レーン=メイドナー・モデルといって、儲からない給料の少ない企業は合理化するか倒産させたほうがいい、という考えがあります。これまでのような、働く人が多い時代は、企業が潰れると失業者が出て困るので、業績の良くない会社でも保護するのが大事、という仕組みでした。

でもこれからは、働く人が少なくなって企業が余る状態になるので、質の悪い会社が潰れても、社会に悪影響は出ないのでは、という考え方が出てきているんです。

今、最低賃金がどんどん上がっています。これについてこられない企業は潰れていく。すると、賃金の上昇に対応できるような生産性の高い企業だけが残る。その結果、労働生産性が上がって日本のGDPも上がり、日本が世界に人口減少時代のモデルを示すことになる。そのために今、方向転換が必要なんです。

中小企業を潰したらかわいそうという声もありますが、良い企業であれば、もっと良い企業がM&Aしてくれる。給与が高い企業にM&Aされれば、M&Aされたほうの給料もそちらに近づいていきます。だから、中小企業のM&Aは、もっと進めたほうがいい。

【石丸】私もそう思います。やはり現在進んでいる人手不足のインパクトはかなり大きい。なぜなら、有史以来、あらゆる国が経済政策でやってきたことをひと言で言うと、失業率との戦いだからです。いかに失業をなくして完全雇用を目指すかが国の重大な責務でした。

でも、現在の日本では、完全雇用がほぼ成り立つ時代がきました。ですから、経済政策で失業を恐れなくてもいいわけで、海老原さんがおっしゃるように、企業の新陳代謝を促すような施策が取れるし、また取るべきだと思います。

これって経済学的にめちゃくちゃ大きな前提の変化なんです。ケインズ経済学は、有効需要をいかに創出して経済を発展させていくかが基本ですが、それが今、この日本で変わろうとしている。その意味で日本は課題先進国であり、この課題に挑戦してクリアすることは、本当に見逃せないチャンスだと思います。

最後にメッセージとして、経済学者ジョン・メイナード・ケインズの言葉を皆さんにお伝えしたいと思います。

「困難というものは、新しい発想そのものにあるのではなく、古い発想をやめることにある」。

変えようと思ったときに真っ先にやるべきは「やめること」なんです。これまでやってきたやり方や、今もみんながやっているやり方をまずはやめてみる。それで、致命的にまずかったら、また復活させたらいい。一回やめてみることを、ぜひ個々人のレベルでも取り組んでいただくことを提案したいですね。

私自身も今まさに政治の世界でそれに挑戦しているところです。皆さんにもぜひ、そういう挑戦をしていただきたいと思います。

著者紹介

海老原嗣生(えびはら・つぐお)

サッチモ代表社員、大正大学表現学部客員教授

1964年生まれ。リクルートエイブリック(現・リクルートエージェント)入社後、リクルートワークス研究所にて雑誌「Works」編集長を務め、2008年にHRコンサルティング会社サッチモを立ち上げる。テレビ朝日系でドラマ化された『エンゼルバンク――ドラゴン桜外伝』の主人公のモデルでもある。

石丸伸二(いしまる・しんじ)

地域政党「再生の道」代表

1982年生まれ。広島県安芸高田市出身。京都大学経済学部を卒業し、2006年に三菱UFJ銀行に入行。14年間の勤務後、20年8月に安芸高田市長に就任。24年の東京都都知事選に立候補し、2位の得票数を獲得。25年1月に地域政党「再生の道」を設立。

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