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「心理的安全性」を高めたら売上が10%増 自動車部品工場の経営者がやめた“べき論”

2025年03月04日 公開

松本めぐみ(Star Compass株式会社 代表取締役)

秩父の工場の検査員たちと談笑

近年、企業や組織における"心理的安全性"の重要性が注目されている。これにより社員から新しいアイデアが多く出るようになったり、職場の雰囲気が変わって目標達成に向けて団結するなど、プラスの作用があるとされている。これは製造業の現場においても同様で、自動車部品の製造会社、松本興産(株)取締役 松本めぐみ氏は、「職場で心理的安全性が担保されることで、生産性も大きく向上する」と、自身の経験からも断言する。

 

建前や“べき論”は心理的安全性を一気に崩す

職場における心理的安全性の必要性について述べる前に、心理的安全性がないことのデメリットを先にお伝えしましょう。心理的安全性がない職場ではこんな状況が増えます。

まず職場に心理的安全性がないと、従業員たちが情報を隠したりすることがあります。例えば、自分だけが知っている情報を多く持っている、イコール、そのことが自分の存在価値のようになっている場合です。または、恐怖心や不安、諦めから隠す場合もあります。困ったことに管理職の人がそれをやってしまうと、一般社員もそれを真似して、自分が持っている情報を周りに出さないようになってしまいます。

次に、周りをコントロールしようとする人が出てきます。そのような人は、自分の経験と想定の中で周りが動いていない状況は、自分が適切に対処できていない、と他者の目に映り自分の能力が低いと見られてしまうことへの恐れから他者をコントロールしようとします。

それから、人の足を引っ張る人が出てくるでしょう。足を引っ張る人はたいてい、自分の存在が脅かされていると感じたときにライバルの足を引っ張り出す。または、自分の嫌いな人が成功したら面白くない。だからそうなる前に足を引っ張ったりします。

しかし、職場に心理的安全性があると、こういったことが全てなくなります。とはいっても、それは職場内に問題が全くないとか、全員が精神的に満たされているという状態を指すことではありません。そんなことは現実的に不可能です。そうではなく、何かが起こったら全員が建前ではなく素の自分を出して話し合い、対処していける環境のことだと私は思っています。

ここで言う建前というのは、“べき論”のことです。例えば会社が赤字になったときに、「営業がもっと頑張って仕事を取ってくる“べき”なんじゃないの」などという話です。誰かが“べき”と言い出すと、建前の話になり一気に組織内に心理的安全性がなくなり、自分の意見が出しにくくなってしまいます。

以前、会社で従業員Aさんの発言が、別の従業員Bさんを傷つけてしまう出来事がありました。その時、私は"べき論"でAさんに「社会人としてそんな発言をするべきではない」と言うのではなく、「Aさんが言ったことって、他の人を尊重していない発言に聞こえたんだよね。みんなの尊厳が守られるグループを私は作りたいと思っているから、あの発言を聞いた時に私は悲しくなってしまったの。これを聞いてどう感じるか教えてくれる?」と語りかけました。

このように、従業員を注意する側である私も、建前でなく本心で話すようにしています。みんながフォーマットどおりに動いているかという観点ではなく、感情を言葉にして出すことです。それが心理的安全性を作るのに重要なことになります。

 

経営者やリーダーはラブとパワーを50-50で持つ

うちの会社では、組織内での心理的安全性を作るために、2、3年前から全従業員でPCMという性格診断のテストを受けています。これはよくある適正診断や性格診断とは異なります。

詳細は省きますが、私たちはその診断結果を従業員全員で共有しています。それにより、仮に性格的に合わない同僚がいたとしても、単に好き嫌いとか、性格がいい悪いとかが理由ではなく、互いの特性が違うからと理解できるので、お互いに疑心暗鬼に陥らずに済み、社内での心理的安全性を作るのに役立っています。

また、PCMでは各々のエネルギーの満たし方や出すタイミングが異なることも分かります。そのため、エネルギーが出ていない人はどうしたらエネルギーが出るようになるのか、自分自身で考えるだけでなく周りの人も考えるようになります。すると、仕事にエネルギーをあまり出せていない人がいても、満たす条件が整っていないことや今はその時ではないことが分かるので、サボっているなどと思うこともなくなり、周りの人たちのストレスがなくなりました。

経営者としては、職場に心理的安全性を作るためにラブとパワーを意識しています。ここでのパワーというのは、経営者が持っている権限や支配権のことです。経営者やリーダーは、ラブとパワーを50−50持ち、その時々で使いわけることが必要だと考えています。

例えばこんなことです。弊社のある部門のリーダーを務めるCさんはかつてミスが多く、他の従業員たちからも相談の声があがるほどでした。当時の私はラブだけを出していて、この時も、「みんなでサポートしてあげて欲しい」と他の役職者たちにお願いしたのです。しかし、彼らも自分の仕事が忙しく、サポートにまで手が回りませんでした。

そこで私は、ラブではなくパワーのほうを使うことに切り替えました。Cさんに対して「リーダーにミスをこう立て続けに起こしてもらっては困る。今後はこれこれこうしてほしい」と、こちらの要望を強く伝えたのです。

このようにパワーを全面に出す時にはぜひ心掛けて欲しいことがあります。それは、役職や立場のような鎧は外すことです。そして、等身大の素の自分で、私は悲しいとか、困っている、あなたのことを心配しているといった本音をしっかり話すことです。そうすることで、言われた本人も、たとえ厳しい話だったとしても、本当に自分のことを思ってくれていると感じることができるのです。

この経験から組織に心理的安全性を作るには、みんなが傷つかないやり方をするといった、優しいだけのリーダーではダメで、ラブとパワーを使い分けて出すリーダーが必要なのだと気付かされました。

 

財務状況はお化け屋敷にいるお化けと同じ

もう一つ、職場での心理的安全性の確保で重要になるのが、会社の財務状況の透明性です。経営者が常に不安を感じるのは、多くはお金に関することですが、日本の企業経営者の8割は、決算書をちゃんと読めないといわれています。

そのため、業績が良く資金繰りも問題ないにも関わらず、決算書が読めないから自社の財務状況を正確に把握することができず、いつも不安に襲われているのです。

逆に、経営者が決算書を読めて財務状況をしっかり把握していれば、たとえ業績が悪い状況にあったにしても、どこに問題があって何を改善すればいいかが分かっているので、平常心でいられるわけです。

これはお化け屋敷の中にいるお化けと同じで、中が暗くてよく見えないからお化けが怖いのであって、お化け役の人が建物の外に姿を現したりしたら全く怖くないのと同じです。

そして、社員も決算書を読めるようになれば、経営者は一人で自社の財務状況を心配したり、「もっと働け」とか「もっと仕事を取ってこい」などと社員たちを鼓舞したりする必要がなくなります。経営者が何も言わなくても、今の財政状況だと来年は売上を10%増にする必要があると自分たちで気づき、そのために自分たちは何をすべきかを自分たちで考えてくれるようになるからです。

これが職場の心理的安全性作りにとって、とても重要なことです。財務状況が見えていない恐怖心で経営者から「来年の売上目標はこれだ!」と言われるのと、社員みんなが財務状況を分かったうえで、自分たちで目標を立てるのとでは、社員たちの精神状態や取り組みへの熱意が全く異なります。

 

精神的なメリットだけではなく経営的にも大きなメリットが

弊社では、売上を⾵船に、貸借対照表を豚の貯⾦箱に置き換えて会計を学べる独自の「風船会計メソッド」を使って、従業員たちに勉強をしてもらっています。始めてからすでに3年以上がたっており、今では私が教える時間がない時は、従業員同士で教えあっています。

これで従業員みんなが数字を読めるようになり、上司から何か言われなくても、売上や利益を上げるために、自らが何をすべきかを考えるようになっています。経営者や上司から財務関連でコントロールされなくなったことも、従業員たちの心理的安全性の確保に役立っています。

その結果、従業員たちが安心して自分の意見を言えるようになり、いろいろなアイディアが出てくるようになりました。例えば、車の部品を取引先に搬送するのに配送業者に毎日来てもらっていたのを、配送コストを下げるために週2回に減らす提案が従業員から出て、取引先の許可を得て配送費を5分の2に減らすことができました。

ここで重要なのは、コストの削減額そのものではなく、自分で考えてアイデアを出すことでコストが削減できたという自信につながることです。アイデアを実行して、それがうまくいき、みんなからすごいねと言われる。これにより従業員みんなが自信をつけていきました。

さらに、会社の経営的にも大きなメリットがあります。今年度前期の決算では、売上が前期比で10%増となったのです。

しかもこれは、大口受注が突然舞い込んできたからではなく、従業員たちが毎週のように決算書を見て、それぞれがどうすべきかを考えてアクションを起こしてくれた結果の総和なのです。

 

ウェルビーイング経営を実践するには

今の企業は「ウェルビーング経営」に取り組むことが必要だと言われていますが、これは、従業員に私生活も含めて幸せを感じる働き方をしてもらうことです。そして経営者自身も、経営者や管理者としてではなく、自分の素を出して従業員たちと接するようにしていくことで、お互いに幸せを感じることができます。このように、お互いに人間の内面的な幸せを感じられようにすることが、ウェルビーイング経営だと思っています。

弊社では会社として「これからはウェルビーイング経営だ!」と掲げているわけではなく、自然とそうなっているといったほうが正しいかもしれません。

秩父の奥地にあり、人材を集めるという点では都市部に比べて不利な場所にある会社です。それでも社員の平均年齢は36、7歳で、工場長が38歳、製造部長も36歳と、若い社員が多い職場になっています。辞めてしまう人もいるのですが、人手不足で困っているということもなく、今の人数で仕事を充分に回していけているほどです。

このような現状があるのは、誰もがが、建前でなく素の自分で居られる会社であるよう、様々な施策を試しながら心理的安全性作りを重視してきた結果です。

秩父の山奥にある自動車部品の製造会社でもそれが可能なのですから、どのような会社でも実行できると確信しています。

著者紹介

松本めぐみ(まつもと・めぐみ)

松本興産株式会社 取締役

北九州⼯業⾼等専⾨学校を卒業。スイスへ留学しMBA取得。帰国しマンダリン・オリエンタル東京に⼊社。2012年 同社を退職し結婚。3年間の専業主婦⽣活のなかで簿記2級を取得。2015年 松本興産へ⼊社、取締役(総務・経理管掌)就任。2022年 「⾵船会計メソッド」確⽴ 、セミナー活動開始。その後「⾵船会計メソッド」の特許を取得。情報経営イノベーション専⾨職⼤学の客員教授、埼⽟県親善⼤使。「⾵船会計メソッド」 による、松本興産の⽴て直しを評価され、Forbes JAPAN WOMEN AWARD、⽇本中⼩企業⼤賞 働き⽅改⾰賞最優秀賞、埼⽟グローバル賞。

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