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「老化を遅らせる研究」で世界はどう変わる? 未来予測に必須のシナリオプランニング

2025年02月17日 公開
2025年04月17日 更新

御立尚資(京都大学経営管理大学院特別教授)

シナリオ

仕事・ビジネスでも、キャリア・人生でも、何か意思決定をする際に自分なりの軸を持っている人は、周りに流されずに適切な判断をできることが多い。では、そうした「自分の判断軸」を持つためには、いったいどのようなことを学び、考え、体験したらいいのだろうか。

本連載では、ボストン コンサルティング グループの日本代表を長年務め、現在はリーダー教育にも携わっている御立尚資氏の考えをうかがっていく。(取材・構成:杉山直隆)

※本稿は、『THE21』2024年3月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。

 

時代認識モデルとシナリオプランニング

これまで2回の連載では、自分の判断軸を持つには自分ならではの時代認識モデルを持つ必要があり、そのためにはリベラルアーツの本来の意味に立ち返って学ぶことが有効だ、という話をしてきました。

経済・社会だけでなく、自然科学の各分野でも、どの分野にも「この領域を動かす原動力は何か」という基本的なモデルがあります。この原動力とモデルの構造がわかると、その分野の現状と将来が見えてくるのです。

さらに、複数分野のモデルを組み合わせることで、自分ならではの時代認識モデルが出来上がってきます。そして「今後、この世界でどんなことが起こる可能性があるか」という近未来のシナリオも描けるようになるのです。

経営の世界では、こうしたシナリオプランニングによって今後の戦略オプションを作ることが行なわれてきました。例えば石油メジャーのシェル(現ロイヤル・ダッチ・シェル)は、シナリオプランニングによってオイルショックが来ることを予測し、先んじて手を打ったことで大きな利益を出したと言われています。

ビジネスリーダーにとって、自身の属する業界の将来シナリオを複数描けることが非常に重要です。そこで今回は、現代から近未来にかけての時代を形作る重要な原動力を複数取り上げ、どうシナリオを作っていくのかを見ていきましょう。

 

21世紀前半の歴史書を2050年の人が書いたら

スタートポイントとして、「2050年の時点で、21世紀前半の歴史書を書いたとしたら、絶対選ぶであろう大事な原動力は何だろう」と考えてみましょう。次の5つは必ず入ってくるはずです。

①人口の変動
②気候変動
③エネルギートランジション(脱炭素に向けたエネルギー構成の変化)
④AI×データによる社会・産業構造の変化
⑤地政学リスクの高まり

この5つはすべての業界・地域に共通する大事なドライバー(原動力)です。私が大学院で受け持っているゼミでも、毎年この5つの中から2~3つを選んで、それぞれの分野の基本文献を読みながらモデルを作り、時代の理解を深めながらシナリオやビジネス戦略を作る、ということをやっています。今回は、中でも非常に大きなインパクトをもたらす「人口の変動」を取り上げてみましょう。

人口の増減を考えるモデルを作るために押さえておきたい基本文献は2つあります。

一つは、「World Population Prospects」。国連が1~2年に1回程度のペースで発表している将来の世界の人口推計です。

人口を決めるのは、端的に言えば出生数と死亡数です。そして死亡数に大きく影響する要素が、乳幼児死亡率と平均余命です。大人になる前に亡くなる子どもがどれぐらいいるのか、生き残った人たちが何年生きるか。この2つのモデルによって死亡数が計算できるので、出生数の予測と合わせれば、将来の人口の数がかなり正確に推計できることが、この資料からわかります。

もう一つは、『世界経済史概観 紀元1年~2030年』。世界的な人口経済学者であるアンガス・マディソンの本です。分厚い本ですが、冒頭の100ページを読めば、人口と経済の基本モデル、すなわち農業革命や19世紀の産業革命がGDPを決める大きな要素だということがわかります。

一人当たりGDPが成長し、工業化が進んだ社会では、石鹼と衛生知識が広がり、乳幼児死亡率が劇的に下がることで、若年人口が猛スピードで増加します。

また、工業化は安価な肥料を供給可能とし、さらに動力を使って耕作可能な農地を広げることを可能にして、増えた人口を支える食料生産量も増やしました。こうして、人口の継続的な増加がまず欧米と日本で始まり、その後新興国にどんどんと広まっていきました。

種としての人類は、このようにして、工業化による経済成長と軌を一にしながら、20世紀中に16億人前後から61億人にまで猛烈な勢いで数を増やし、今や80億人の人類が地球上で暮らしています。

 

人口動態の変化が与える2つの大きな影響

ところが、人口の伸びは21世紀に入ると勢いが鈍化します。面白いもので、工業化で豊かになった社会では、一人当たりGDPがほぼ7000ドルに達した時点で、合計特殊出生率が2.1を割り、人口が減少に転じます。晩婚、非婚も大きな要素ですが、乳幼児の大部分が成人を迎えることができる、とわかると、どうやら生物としての人類は、カップル当たり6人、7人といった前世代では当然だった子どもの数を減らしていくのです。

この変化は、先に工業化した先進国で起こり、日米欧共通で出生率が大きく下がりました。他の地域からの移民を除けば、G7の人口は横ばいから縮小し始めているといっても良いでしょう。そしてその流れは新興経済各国にもおよび、今では韓国、中国とも人口減少傾向にあります。

この人口動態の変化には、二つの重要な示唆があります。

第一に、多くのグローバル企業がビジネス成長戦略を変えなければならない、という点です。これまでは、工業化による経済成長のメリットが次第に中進国に広がる中で、次に伸びてくる新興国に進出し、自らの成長に繋げる、という戦略が有効でした。

特に新興国の成長前期には、人口の急増と可処分所得の増加が掛け算になって、消費市場を急拡大させます。自動車でも携帯でも、あるいはスーパーマーケットのような業態でも、このタイミングを狙って、伸びる市場で売り上げと利益を増やすようにする。言い換えれば、成長市場を次から次へと押さえていくこと自体がグローバル戦略の要諦だった企業が数多かったのです。

これからは、市場の伸びではなく、参入した市場の中で、どう競争力を上げるか、どうより高い付加価値を得るか、の視点なしにはグローバル成長戦略は成り立ちません。

第二に、人口動態の変化は、高齢者を支えるコストを社会としてどう負担していくのか、という社会課題が世界に広がっていくことを意味します。

このことから、「高齢化先進国の日本は、世界に通用する人口減少社会モデルを作ることで、そのモデルを輸出できるようになる。特に高齢者の医療・介護コストをどう減少させるかが重要」といった議論がなされてきた訳です。

ただし、この二つ目のポイントは、「年齢が高くなると老化に伴う様々な病気や身体能力の著しい低下が不可避である」という前提に立っています。もし、この前提が崩れたらどうなるでしょうか。

 

老化研究の進展で世界は一変する

大部分の人が老化するスピードが遅くなり、健康年齢が大きく伸びる、としたら、高齢者は今より長く社会参加が可能であり、医療コストや介護コストも高齢化に比例して増加する訳ではない、ということになります。

夢物語のようなこの状態、実は近年の科学技術の進歩によって、その実現可能性が高まってきています。個人的には、今後10年程度の間に老化を一定程度コントロールできるようになる可能性は高いと考えるようになりました。

もしそうなれば、医療、介護、そして福祉に関わる社会制度全般が違ったものになるはずです。今とは違った形の高齢化社会モデルを描き、それに即した社会・経済、そしてビジネスのモデルを作っていくことになります。

老化に伴って起こる高血圧や心臓病、認知症、足腰をはじめとした身体機能低下は避けられない。したがって、これら発生してしまった病気に対して、どう対処していくか、例えばどんな新薬を作るか、ということがこれまでの常識であり、医学分野の基本的な考え方でした。

ところが、ここ10~15年で、「老化自体の根本原因を突き止め、老化の進行を遅らせる」研究が、ものすごく進んでいます。アンチエイジング(抗老化)ではなく、老化を進める機能を巻き戻す「リジュベネーション」と呼ばれる領域です。

この老化の研究がどこまで進むかで、世界のあり方は一変します。製薬や高齢者向け医療といったヘルスケア関連業界は、特に大きな影響を受けるでしょう。

また、健康年齢が長くなればなるほど、高齢者医療費や介護費といった社会保障コストの増加は抑制されていきます。その点においては、年齢だけに着目した保険制度や社会保障のあり方は見直しを迫られます。

リジュベネーションのような比較的新しい科学領域の動向を知るには、一定の基礎知識を持ち、そのうえで、その領域を含む概括的な雑誌(例えば『Nature』)を継続的に読むこと。そして、きちんとした論文や概説書にあたることが近道です。

「一定の基礎知識」というのがミソで、これがないとトンデモ本に飛びついたり、怪しげなフェイク科学に振り回されたりしてしまいます。

私が、自分のゼミの大学院生などに勧めているのは、当該領域の大学1、2年生向けの教科書を読むことから始めるやり方です。

例えば、生命科学に関しては東大で教科書として使われている『理系総合のための生命科学』を推薦図書としています。必要なトピックが、項目ごとにシンプルにまとまっていて、これをざっと読むだけでも、今の生命科学に関する基礎知識が得られます。

面白いもので、根源的な変化が起こった領域では、必ずといって良いほど、ノンフィクションや一般向けの解説書が書かれています。教科書の次にこういった本を読むのが、専門分野以外の理解を深める近道です。

例えば『LIFESPAN 老いなき世界』。リジュベネーションの最先端研究が行なわれているハーバード大学で中心的存在となっているデビッド・A・シンクレアさんが書いた本です。アメリカではだいぶ前からベストセラーになっています。

『クリスパー CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見』は現在の遺伝子治療を理解するうえでの好著です。遺伝子の一部を組み替えて治療するゲノム編集技術を開発し、ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナさんの本です。

もう1冊あげると『エピジェネティクス』。大阪大学大学院の仲野徹教授が著した本で、「実は遺伝子の働きの発現は親から引き継いだものだけで決まるのではなく、生活習慣によっても変わる。この後天的な遺伝子の働きも、次の世代に引き継いでしまうことがある」ことを解説しています。

このように、最近の老化研究に関する代表的な本と、「専門家の間では常識になっているけれど、専門家と素人の知識ギャップが大きい」周辺領域の本を読むと、その分野のことを間違わずに理解できるようになります。

ちなみに、老化を司る根本原因として、現在ではサーチュイン遺伝子(という細胞の正しい複製に関わる遺伝子)とその機能発現に関わる物質(NADなど)、オートファジーという不要になった細胞内物質を取り除く機能、老化細胞そのものを除去する物質、老化と密接な関係がある慢性炎症とその予防・治癒、といった研究が並行して行なわれており、実用化のしのぎを削っています。

今後の人口動態モデルの変化、そして抗老化科学の進展による高齢化社会のコストモデルの変化。これらの「未来をつくる原動力」が見えてくると、自分自身が働く業界、興味を持つ業界について、近未来のシナリオが描けるようになります。

「自分の業界でも健康年齢が上がることを前提にしたサービスが開発できるのではないか」。政府で働く人なら、「老化を遅らせることを推進すれば、社会保障コストの低減に繋がるから、そういう産業にお金を投資する政策をすべきでは」などということが見えてくるのです。

 

アメリカ大統領の政策を左右するNICシナリオ

自分で近未来のシナリオを描く力をつけるためには、質の高い既存のシナリオを読んでみると良いでしょう。シナリオの描き方の参考になるだけでなく、その内容自体が時代認識の助けになります。

私が最もお勧めするのが、「Global Trends 2025:  A Transformed World」。2008年にアメリカのNIC(国家情報会議)が大統領のために描いた、2025年に起こり得るシナリオのレポートです。世界中の学者を巻き込んで作られていて、非常によくできています。

このレポートでは、起きる確率は1~2割程度だけれども、起きたらアメリカにとって激甚な影響があるシナリオを、以下4つ示しています。

・A World Without the West(西側なき世界)
・October Surprise(10月危機)
・BRICsʼBust-Up(BRICs 解体) 
・Politics is Not Always Local(政治は「ローカル」とは限らない)

例えば1番目の「A World Without the West(西側なき世界)」。こちらはある一つの手紙から物語が始まります。差出人は、中国とロシアが中心となった軍事経済共同体の「上海協力機構」のリーダー。宛先はNATO(北大西洋条約機構)のトップです。

上海協力機構のリーダーはこう言います。「我々が、あなたたちをはるかに上回る強さになるとは、夢にも思わなかった」「あっという間の10年間であった」。つまりNATOをしのぐ軍事経済共同体になったことが示されているのですね。

そこに至るシナリオを要約すると、次のような流れです。

・泥沼化するアフガニスタンに中国とロシアがPKOと称して介入し始めたのをきっかけに、西側諸国が両国にエネルギーを中心として強烈な経済制裁をスタート

・エネルギー、すなわち天然ガスが売れないと困るロシアと、エネルギーが入手できないと困る中国がパイプラインで結ばれ、実質的なエネルギーを軸とした運命共同体となった

・中露が長期にわたって深く組んだことで合計した核戦力も西側を凌駕

・そこにアメリカから制裁を受けたイランや第3世界の代表を自負するインドが加わり、強力な経済・エネルギー軍事共同体ができあがった

2008年に発表されたとは思えないほど、リアリティを感じさせるシナリオですね。

これらが本当に起きると、アメリカの国益は大きく損なわれます。そこで重要になるのが、シナリオ立案時に明確化される「何がどう転んだらそれが起こるのか」という分かれ道、分岐点です。

例えば、そうした分かれ道の一つが「日本とEU諸国の社会と経済が、高齢化にも関わらず安定し続けるかどうか」です。実際にこのレポートが出たあと、アメリカは「日本を経済ライバルとして叩くのではなく、一種の防波堤として活力ある国であることを助ける」という政策判断が目立つようになります。

 

シナリオに沿った準備で、災害時でも収益アップ

シナリオプランニングは、確実性の高い予測をただ積み重ねて作っていくものではありません。誰が考えても変わらない大きな原動力・ドライバーを明らかにする一方で、「ここはまだわからなくて、どっちに転がるかによって世の中が違う絵になる」という分かれ道を明らかにしていくという手法です。そうすることで、次の一手が見えてくるわけです。

このNICのシナリオを活用しているのは大統領だけではありません。グローバル企業の経営陣も同様です。

例えば2つ目に挙げられている「October Surprise(10月危機)」は気候変動のシナリオです。ニューヨークに上陸するはずのないカリブ海で生まれたハリケーンが、気候変動によって上陸。マンハッタンが水没して、ウォール街の機能が3週間止まり、世界の株式市場が大混乱する、という内容です。

実はこのシナリオが出た数年後に、別の要因でウォール街は水没したのですが、このシナリオのおかげで危機は免れました。ニューヨーク証券取引所は、対岸のニュージャージー側の水没しにくい場所にバックアップのシステムセンターを置いていたので、72時間で株式取引システムの機能を復旧できたのですね。

また、ある投資銀行は、このシナリオが公表された翌週にトップが集まって、BCP(事業継続計画)だけでなく、「ウォール街の天災で経済混乱が起きたときに、どうやって収益を上げるか」を話し合ったそうです。そして、ウォール街が水没した72時間の間で、なんと1年間にあげる利益のかなりの部分をあげたといいます。前から準備していなければこんなことはできません。

このように大きなシナリオを常に見て手を打つのはグローバル企業の常識です。シナリオの重要性がおわかりいただけるでしょうか。

特に台風や地震といった天災の多い日本では、気候変動や災害対策を織り込んだシナリオを描くことも重要です。次回は、それについて取り上げてみましょう。(次回に続く)

 

【御立尚資(みたち・たかし)】
京都大学経営管理大学院特別教授。京都大学文学部米文学科卒。ハーバード大学で経営学修士(MBA with High Distinction, Baker Scholar)を取得。日本航空(株)を経て、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社。日本代表(2005~15年)、BCGグローバル経営会議メンバー(06~13年)、経済同友会副代表幹事(13~16年)などを歴任。著書に『経営思考の「補助線」』(日本経済新聞出版)、『使う力』(PHPビジネス新書)、『「ミライの兆し」の見つけ方』(日経BP)などがある。

 

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