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長期赤字のアパレル企業をV字復活...元商社マン社長が打ち出した「シンプルな方針」

2025年02月07日 公開

三宅英木([株]コックス代表取締役社長)

アパレル企業をV字復活させた秘訣

アパレル業界は、いまだ厳しい状況が続いている。コロナ禍による外出規制が緩和され、一時的に業績が持ち直した企業もあるが、物価高騰の影響で消費者の衣料品への支出は減少傾向にある。こうした外部環境の変化に対応できず、多くの国内アパレル企業が長期的な赤字から抜け出せない状況に陥っているのが現実だ。

しかし、その中で異業種からアパレル業界に転身し、わずか1年余りで驚異的なV字回復を実現した経営者がいる。株式会社コックスの三宅英木社長だ。2021年に同社の代表取締役に就任した三宅氏は、商社時代に培った繊維ビジネスの知識と革新的な経営哲学を活かし、9.6億円の営業赤字を翌年には4.27億円の黒字に転換。その後も成長を続け、2023年度には利益を11.99億円にまで拡大させた。

本記事では、三宅氏が実践した「たった1つのルール」に焦点を当て、そのルールがいかにして赤字企業を再生へと導いたのか、その成功の秘訣に迫る。

 

赤字から脱却できない日本のアパレル業界が抱える構造的な課題

世の中がコロナ禍から日常を取り戻しつつある中、物価上昇の勢いは止まらず、衣料品はその影響を最も受けやすい業界の1つです。家計が厳しくなると衣料品にかけるお金はどうしても削減の対象になってしまいます。

そういった意味では、国内のアパレル業界は依然として厳しい状況が続いています。しかし、外部環境がどのように変化しても、状況をしっかりと把握して、正しい経営判断を行えば、会社は持続的に利益を上げることができます。それができないのは、企業が当たり前のことをできなくなってしまうからでしょう。

アパレル業界には、多くの構造的な課題が山積しています。特に中小企業や創業者が力を持ち続けるトップダウン経営の企業では、創業者や社長の意思決定に依存した経営が目立ちます。その結果、経営者が高齢化して戦略を誤ると、組織はバラバラになり、独裁的な個人経営から柔軟な企業経営に転換できないまま、経営難に陥るケースを数多く目にしてきました。

私はこれまで、ファッション業界を変革する使命のもと、さまざまな挑戦を続けてきました。早稲田大学を卒業後、グローバルなビジネスに挑戦したいという思いから丸紅に入社し、繊維部門で2年半勤務しました。

その後、ニューヨーク支社に駐在し、国内アパレルSPA企業への出向を経験しました。この時、ファッション小売の現場で目の当たりにしたのは、日本のファッション業界が抱える経営の脆弱さでした。傾いていく企業を前に何もできない現実に強いショックを受けたことが、私の原体験です。

その後、丸紅に戻りM&A業務に携わりながら、コロンビア大学でMBAを取得。ファイナンスを専攻する学生が多い中で、あえてマーケティングを専攻し、顧客目線で価値を提供する戦略的な視点を磨きました。

丸紅退社後は、ファッション業界の再生に本格的に取り組むべく、サンエー・インターナショナルに入社。執行役員経営戦略部長として全社の舵取りを担い、赤字子会社フリーズインターナショナルの再生を成功させました。この経験が「再生請負人」としての第一歩でした。

その後もオンワード樫山では経営参謀として当時の社長を支え、業界の再建に取り組みました。そして2021年、カジュアルファミリーブランドの「ikka(イッカ)」や生活雑貨の「LBC」などを全国のショッピングモールで展開する、株式会社コックスの代表取締役社長に就任しました。

日本のファッション業界は、経営者の報酬水準が低く、優秀な人材に来てもらえない現実があります。一方、欧米のファッション業界は、経営者の報酬が驚くほど高い。優秀な経営者が企業を再生したいと思えば、それ相応の待遇が用意されており、異業種からプロの経営者が参画する環境が整っているからです。

そのため、金融、コンサルティング、メーカー、ITなどの異なる業界から高い実績を持つ経営者が経営に参画しています。その慣行は、残念ながら日本にはほとんど存在しません。この現状を変えるには、業界全体に長期的かつ持続可能な経営を根付かせ、優れた経営者や人材が異業種から参画する仕組みを作る必要があります。

 

V字回復を実現する「売れるヒト、モノ」を作る方法

私が掲げたシンプルなルールは「売れる人」と「売れる物」を徹底的に作ること。この2つに資源を集中させ、それ以外は「やらない」ことです。

例えば、「売れる人」について私が行ったのは、従来のスーパーバイザー制度(SV制度)の廃止です。この制度はコンビニ業界では有効ですが、属人的なファッション業界では逆効果でした。そこで、元SVの人材を統括店長として現場に戻し、売れる人を育成する「店長兼販売トレーナー」を新設しました。こうして、現場スタッフの販売力を強化しています。

一方、「売れる物」については「商品検討会議」に他社の5倍の時間を費やしています。

徹底的に商品力を向上させるための独自手法も導入しています。加えて、即効性のあるプロモーションも重要視しました。例えば、タレントを起用した雑誌とのタイアップ企画など短期的な売り上げ改善に直結するプロモーションは、多少コストをかけてでも実行します。

ファッション業界の再生において、早い段階で売上を伸ばし、組織の信頼を作ることが、改革を推進するカギになるからです。長年ファッション業界を見てきたノウハウや企業特性もありますが、①プロモーション ②販売 ③商品の順で改革を推進し、それ以外のことをやらなければV字回復は可能です。

 

社内革命からはじめる、黒字体質への転換法

前述のとおり、ファッション業界の再生において早い段階で売上を伸ばし、組織との信頼を構築することが、改革を円滑に進める上で最も重要です。改革に取り組む際は、さまざまな反発や抵抗に直面します。

しかし「この人の言葉を信じて行動すれば結果がついてくる」と従業員から評価されることで、現場の人々を動かすことができる。改革をはじめて3ヶ月で成果が出れば、「この人はすごい」となって動いてくれる。某アパレル大手の入社時は、現場に入った1ヶ月後に一瞬にして会社の売上が変わり、社員や現場の販売員が最後までついてきてくれました。

当社では、成果主義を導入しています。これは社員だけでなくアルバイトにも適用され、時給を成果に応じて変動させる独自の制度を設けています。また、社内での表彰制度を充実させ、従業員のモチベーション向上を図っています。

注力しているのは、私自身が表彰店舗を直接訪問したり、電話で激励したりすることです。1週間に30店舗、1か月で120店舗以上に電話をするなど、従業員とのコミュニケーションを徹底しました。773人の従業員のうち、私と話したことがないスタッフはほとんどいないと思います。このような取り組みによって、従業員全体の士気が向上し、業績がさらに好循環を生み出す体制を構築することができました。

ファッション業界の復活に向けて、私が導き出した結論は、何事も「本質に集中する」ことに尽きます。「売れる人」と「売れる物」を作り、余計なことには手を出さない。このシンプルな方針が、赤字企業をV字回復に導きました。

ファッション業界の未来に向けた変革のために、私は商社を離れてこの業界に転身してきました。前身のアパレル大手では副社長として、巨額赤字を1年で黒字に転換しました。 当社でも、増収・増益の右肩上がりの業績で実績を重ねています。まずは自らが成功事例となり、業界の全体の再生を実現していきたいと思っています。

著者紹介

三宅英木(みやけ・ひでき)

株式会社コックス 代表取締役社長

1992年、丸紅に入社。コロンビア大でMBA取得。2011年フリーズインターナショナル取締役、2012年サンエー・インターナショナル 執行役員、2014年オンワード樫山クリエイティブオフィサー、2018年イトキン副社長執行役員を務め、2021年5月イオングループの専門店チェーン株式会社コックス代表取締役社長に就任。長年赤字続きだったイトキンとコックスの2社を、それぞれわずか1年強でスピード再生させている。

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