2025年02月10日 公開

美術教師の末永幸歩です。このコラムでは、アート作品に向き合ったり、小さな子どもがみつめる世界に想いを馳せてみることで、物事を異なる角度からみつめ直し、自分だけの答えをつくる「アート思考」をしてゆきます。本稿では、ジャクソン・ポロックの制作方法について解説します。
※本稿は、『THE21』2024年12月号連載「ビジネスパーソンのためのアート思考トレーニング」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
第一次世界大戦直前にアメリカで生まれ、戦後のニューヨークで活躍したのがジャクソン・ポロック(1912〜1956年)というアーティストです。『Number 1A』をはじめとする絵画作品は、今日に至るアートの歴史の中でもとりわけ高く評価されています。
ポロックの制作方法は一風変わっています。彼は部屋の床に大きなキャンバス生地を敷き、絵の具をたっぷりと含ませた筆や棒切れなどを振って、絵の具をキャンバスに撒き散らしました。キャンバスの周りを動き回りながら腕を振って描く変わった制作方法は、アクション・ペインティングと呼ばれます。
しかし、ポロックの作品がアートの歴史に名を刻んでいるのは、単に描き方の斬新さからではありません。その描き方を通じて、絵画の根本を問い直したところにこそあります。
例えば、リンゴが描かれた油絵作品を想像してください。鑑賞者がその絵に目を向けるとき、当然ながら「リンゴ」というイメージを見るはずです。しかし、そのイメージは頭の中の架空のものでしかありません。
鑑賞者の目の前に実際に存在しているのは、絵の具とキャンバスという3次元の物質です。リンゴの絵の正体は、「ある配列の油絵具で覆われたキャンバス」でしかないのです。
「絵は絵の具とキャンバスでできているなんて当然のことだ」と感じられるかもしれません。
しかし、ポロック以前のアートの長い歴史の中で、絵画を描く人も見る人も、そこに実在する絵の具とキャンバスを通り越して、架空のイメージばかりに目を向けていました。
「床に敷いたキャンバスに、ただ絵の具を撒き散らす」という独特の手法で描かれたポロックの作品は、「なんらかのイメージを映し出すもの」という絵画の在り方の根本を揺るがすことになったのです。

話は転じますが、娘が大人の手を借りずに1人で工作をするようになったのは、3歳になったばかりのときでした。
ちょうどその頃のこと、娘と私は近所の公園で行なわれていた小さなイベントに参加しました。そこでは、その場にある様々な素材や廃材、道具などを自由に使って工作することができます。
娘は材料置き場にあった紙コップを手に取ると、早速工作に取りかかりました。ずいぶんと集中している様子でしたので、私はあえて何も話しかけずにそっと見守っていました。
娘が作ったものはいかにも素朴ですが、よく見ると案外いろいろな細工が施されています。紙コップの飲み口からは、いくつもの切れ込みが入っていて、穴あけパンチで開けた穴もあります。
紙コップの底には、1辺が折れ曲がった正方形の紙が貼りつけられていますし、側面の所々にテープが貼られていたり、紫のペンで何かが描かれていたりもします。
これは一体なんなのか、作品を見た限りではわかりませんが、これだけ一生懸命に作っていたからには、娘の心の中にはなんらかのイメージが湧き上がっていたことでしょう。
制作がひと段落ついたころ、私はようやく「すごいね! 何を作ったの?」と尋ねてみました。
しかし娘は答えてくれません。私は話を引き出そうと、「なんだかタコみたいに見えるなあ」「何に使うもの?」などと言ってみましたが、それでも娘は「そう」とも「違う」とも教えてくれませんでした。
結局わからずじまいで、「あれはなんだったんだろう」とその後も私の頭の片隅に引っかかっていましたが、ポロックの絵画について考えを巡らせていたとき、はっと思い当たりました。
娘は「タコ」を表現しようとしていたわけでも「何かに使うもの」を作っていたのでもなく、それどころか、なんのイメージも抱いていなかったのではないかと思ったのです。
使えるようになったばかりのハサミを手に取る。
大きく開いた紙コップの飲み口は、ハサミの刃を差し込むのにぴったりだ。 ジョキッと切れ込みを入れる。
もう一回やってみよう。カップを回転させて、もう一回、もう一回。
そのハサミを使って、今度は紙を切り取ってみる。
切った紙をどこに貼ろうか。ちょうどいいスペースを見つけた。
紙コップの底の平らなところに紙を貼りつける......。
あのとき娘を熱中させていたものの正体は「切る」「貼る」といった行為そのものだったのではないか。そうして出来上がった作品は「何」と言い表すことはできない、身体を通した行為の痕跡だったのではないか......そう私には思えました。
もちろん本当のところはわかりませんし、仮に娘に問い直してみたところで、雄弁に答えてくれるわけではないでしょう。それでも、少なくとも私の中に、作品を見る視点が1つ増えた気がしています。
子どもの工作に限らず、美術館でアート作品を見るときにも、「何を描いたのか」「どんなイメージを抱いていたのか」という視点だけではなく、「どこから作り始めたのだろう」「どうしてこの行為に至ったのだろう」と、1つの行為が次の行為へと連鎖していく、作者の身体の動きを辿ってみようと思うのです。
更新:03月23日 00:05