2025年01月06日 公開
メンバーの育成やモチベーション向上のため、1on1ミーティングを導入する企業が増えている。その一方で、「何を話せばいいかわからない」「部下が本音をなかなか話してくれない」「業務の進捗確認ミーティングになってしまう」などと、1on1を有効に活用できていないと悩む管理職も少なくない。そんな場合に有効なのが、国家資格「キャリアコンサルタント」のスキルだという。(株)日本マンパワーのキャリアコンサルタント養成講座で長年講師を務め、多くの後進を育成してきた山内雅惠氏に話を聞いた。
1on1を実施している、という管理職の方は、そこで部下の方とどのような会話をしているか一度振り返ってみてください。
「仕事量が多すぎることはない?」
「時間管理はうまくいっている?」
「これからどんなスキルを身につけていきたいの?」
ごく普通の投げかけですが、実は大事なものが抜け落ちています。それは「相手の気持ち」を聞いていない、ということです。
人は誰でも「自分の気持ちをわかってほしい」という欲求を持っています。それなのに、「事柄」が中心の会話では、相手は「話を聞いてもらえない」「私に興味を持ってもらえない」と感じ、心を閉ざしてしまいます。もし「部下が本音を話してくれない」と感じている管理職の方がいるなら、相手の「気持ちや願い(ニーズ)」に焦点を当てた会話ができていないことが原因かもしれません。
この「相手の気持ちやニーズに焦点を当て、自分らしい人生を形成する支援」がキャリアコンサルタントの役割です。キャリアとは人それぞれ異なるものですから、その支援には当然、相手の話をしっかり聞くことが重要になります。
そのためにキャリアコンサルティングでは「聞く」と「聴く」を区別します。「聞く」が意識していなくても入ってくる音を拾う聞き方なのに対して、「聴く」にはより能動的な意味があります。相手の感情や価値観に焦点を当て、本人さえわかっていない気持ちに伴走するように一緒に考えること。それがキャリアコンサルティングの「聴く」=「傾聴」です。
「聴く」ことは相手の考えを整理し、気づきを促すことにつながります。すると相手は、「自分のことをちゃんと受けとめてくれた」と感じて、それが「この人ならば話をしても大丈夫だ」という信頼関係を生みます。その信頼関係があれば、相手が自分からどんどん話をしてくれるようになり、より深いレベルで1on1ができるようになるのです。
「聴く」ことで信頼関係ができ、相手がたくさん話してくれるようになると「関係の質」は高まります。それはチームや会社全体にとっても大きなメリットをもたらします。
図①は、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱する「組織の成功循環モデル」です。「関係の質」が高まり、コミュニケーションが活発になると、意見やアイデアが湧いてくるようになり、「思考の質」が高まります。思考の質が高まれば、当然「行動の質」も高まります。そして、質の高い行動は「結果の質」を高め、それが「関係の質」をさらに高める好循環が生まれます。
つまり、「聴く」ことによる信頼関係がチームや会社全体に広がれば、「互いに尊重し合いながら意見やアイデアを交わし、それが実現して成果をもたらし、さらに強い信頼関係や新しい発想が生まれてくる」という組織の持続的な成長を実現することが可能になるのです。いわゆる風通しの良い職場や、チャレンジや自己成長できる職場には、こうした好循環があります。1on1が目指すのはまさにこの好循環を作ることです。
また、「聴く」ことは、相手にも大きなメリットをもたらします。図②のマトリックスのように、人から話を聴いてもらい、フィードバックを受けることで、「自分はわかっていないけれども他者がわかっている自分」を知ることができ、「自分も他者もわかっている自分」=「開放の窓」の範囲が広がります。また、相手に自己開示することで、「自分はわかっているが他者がわかっていない自分」を相手に知らせることになり、やはり「開放の窓」が広がります。
そうして、「開放の窓」を広げていくことで、「自分も他者もわかっていない」=「未知の窓」が開かれていきます。それは自分の可能性を広げていくことにほかなりません。「聴く」は相手にとっても大きな成長の機会をもたらすものなのです。
私は2006年から日本マンパワーのキャリアコンサルタント養成講座で講師を務めていますが、近年はマネジメントに携わる管理職の方々でこの資格の取得を目指す人が増えていると感じます。
同講座では、厚生労働省が定める150時間のカリキュラムに基づき、先ほどの「傾聴」をはじめとするキャリアカウンセリングの理論とスキル、労働法規等の知識を幅広く学びます。
また、実際の面談を想定したロールプレイングでは、受講生がコンサルタント役、相談者役、オブザーバー役をそれぞれ担当し、体験的に面談の心構えやノウハウを学びます。それは支援者になる訓練であると同時に、自分自身のキャリアを振り返り、自らの課題や強みを確認・発見していく過程でもあります。
1on1に限らず、対人支援を行なうには、自分の過去の経験やキャリアの中で作られた「自分の価値観」を意識することが重要です。その中には、自分のこだわりや偏りといったものも含まれているかもしれませんが、それらも含めて気づくことが大切なのです。キャリアコンサルタントの学びは、自らのキャリアの棚卸しを通じて、自己理解を深める取り組みであるとも言えます。
この講座を修了した管理職やマネジャーの方からは、「職場の雰囲気が変わった」「人生が変わった」といった声をよくいただきます。キャリアについて学ぶことで、「自分の軸」を確認・確立しながら、1on1で面談する部下たちはもちろん、仕事やプライベートで関わる人たちの「自分らしい働き方、生き方」を支援できるようになる。チームを導きながら、自らの成長を目指す管理職の方々にこそ、ふさわしい資格と言えるでしょう。
更新:01月09日 00:05