2024年12月02日 公開
2024年12月16日 更新
装い一つで、自分の気持ちに変化が起こり、周囲からの扱いも変わってくる──。服装には、想像以上の力があるようだ。「日本服装心理学協会」では、服装が人の心に与える影響を研究している。同協会代表理事の久野氏に、自分の心を安定させ、仕事上のパフォーマンスを上げていく装い方の心構えと、実際の服選びの方法を聞いた。(取材・構成:辻由美子)
※本稿は、『THE21』2024年12月号特集「「脳」と「心」のトリセツ」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
私は、個人向けスタイリングや企業の身だしなみ研修を行なう(株)フォースタイルを立ち上げ、代表を務めています。また、装いが人の心に与える影響を研究する「日本服装心理学協会」の代表理事でもあります。立場上、多くのビジネスパーソンに接していますが、服装が心に与える影響は想像以上です。
ある高級車を扱うディーラーで研修を行なったときのことです。スタッフの方のお一人は、話してみると理知的で聡明なことがわかりましたが、着ているスーツがよれよれしていて、本人にも余裕のない振る舞いが目立ちました。そのせいか、顧客からの評判もいまひとつで、営業成績も伸び悩んでいるということでした。
そこで私が行なったアドバイスは、身だしなみを整えることでした。スーツは、本人の顔色を引き立たせる色合いのものを選び、サイズはよれよれしたしわが寄らないよう身体に合ったものをチョイス。洋服の素材も、高級車を扱う人間にふさわしい品質の良いものに変えて、手入れをきちんとすることをお約束いただいたのです。
一カ月後に会った彼を見て驚きました。別人かと思うくらい自信にあふれ、高級商材を売るにふさわしい風格と信頼感がにじみ出ていました。営業成績も見違えるほど伸びたそうです。服装一つで状況はこれだけ変わるのです。本人の意識が変化するだけでなく、本人を見る周りの意識も変わる。装いが自分と周りに与える影響はそれくらい大きいのです。
ところが、世の中にはまだ「見た目を気にするなんて」とかたくなに思っている方も少なくありません。たしかに、中身がないのに外側ばかりつくろっても軽薄に見えるだけですが、装いのせいで相手に良い部分をわかってもらえないのはもったいないのではないでしょうか。
だらしない格好をしていれば、それなりの扱いしか受けません。貧相な格好をしていれば、人から邪険に扱われるかもしれません。それでも「俺は気にしない」とつっぱねられるくらい強い心の持ち主がどれくらいいるでしょうか。
服は自分の身体に密着した存在です。つまり自分自身と一体化しているもの。極論すれば、ほぼ自分自身と言ってもいいかもしれません。その服をないがしろにするということは、自分自身を大切にしないことにほぼ等しいと私は思います。
自分で自分のことを大切にできない人を、他人が大切にするわけはありません。自分を大切にする、その一つの表れが服装を整えることならば、服装に気を配ることが自分の心を安定させ、周囲からの扱いも変えていく。ひいては仕事上のパフォーマンスを上げていくことにつながるのではないでしょうか。
最近増えている在宅勤務についても、装いという点で、見過ごせない落とし穴があると私は感じています。
どうせ家にいるのだからと、服装にだらしなくなる人は要注意です。人の目がないときは、どんな服を着てもいい。ということは、「服≒自分」という考えからすると、どんな自分でもいいということ。つまり自分に価値や関心を感じていないことになります。
それが常態化すると、自分で自分の価値をどんどん下げていき、最悪の場合、うつ状態になったり、筋力や気力が衰えるフレイルの状態を招くことさえあります。
そうならないためにも、なりたい自分をイメージして、そのイメージに近い装いを心がけるべきでしょう。他人の目がない在宅勤務だからこそ、自分で自分の目を意識して、望ましい装いを整えるべきです。
そうは言っても「家にいるのだから楽な格好がいい」という意見が出てきそうな気がします。その気持ちもわからないではないのですが、そういう方に私は、「楽」ということの本当の意味を考えていただきたいと思います。
「楽がいい」というときの「楽」には2種類あります。一つは自分を甘やかしてだらだらする「楽」。もう一つは自分を心地よい状態にして、無理なく物事に取り組めるようになる「楽」です。
前者の「楽」を追求していくと、際限なくだらしなくなって、行き着くところは自己嫌悪ではないでしょうか。一方、後者の「楽」は心地よさを追求するので、自然に快適でいられる。つまり本当の意味で「楽」になると思います。
実は服は、品質が上がれば上がるほど、快適に「楽」に着られるのです。安い品質のものは、ゴワゴワチクチクして、常に不快感を伴いますが、上質なものは肌触りや通気性も良く、とても楽に快適に過ごせます。「家でもシルクやカシミアのものを着なさい」とは言いませんが、少なくとも、大切な自分にふさわしい服装を心がけ、自分の価値を高めるよう努力してください。
更新:01月18日 00:05