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「騎手能力は今が一番」福永祐一が全盛期にあえて“調教師に転身”する理由

2023年02月17日 公開

福永祐一(日本中央競馬会所属騎手)

 

キャリア全盛期にあえて転身した理由

騎手人生で一番鮮烈な思い出は、2018年に初めて「日本ダービー」を勝ったこと。騎乗したのはワグネリアンでした。

このレースの前後で、自分の実力そのものも大きく変わったとさえ思います。デビューしてから22年も経ってからのレースですが。40歳を超えてからなんですよ、僕のスキルが上がったのは。飲み込みが悪かったんでしょうね(笑)。

逆に、失敗は数えきれないくらいしてきました。特に印象的なのは、98年の日本ダービー。デビューして数年の僕が、キングヘイローという素質馬に乗せてもらえていたんです。

でもそこで、人生で一番と言い切れるほどの緊張に襲われて、それに飲み込まれてしまいました。その結果、レースでも馬の力をまったく引き出せず大敗。でも、そのときに人生最大の緊張を経験した事で、以降はプレッシャーに負けることはなくなりました。

もちろん失敗しないで済むならそれが一番だけど、僕は「天才」ではないので。失敗や経験をもとに、理論立てて技術を積み上げていくしかなかったんです。

だから、騎手としての総合能力は、今が間違いなく一番ですね。パラメータで言うと、フィジカルは落ちていますが、他の部分を伸ばし続けられていますから。

こう言うと、なぜそんな時期に調教師へ転身するのか、とよく聞かれます。確かに、騎手から得られる感動や達成感は、何にも代えがたい。間違いなく命をかける価値がある仕事です。

ただ、騎手はやはり、危険と隣り合わせの仕事でもあります。いつかとんでもないケガをしてしまったり、それでなくても恐怖心に呑まれて騎乗できなくなったりする可能性はゼロではありません。なので、そうなったときに困らないよう、色々な選択肢を持っておきたかったんです。

本格的に勉強したのはここ1年ですが、調教師になる構想は10年ほど前から持っていました。そこから調教師への想いが次第に大きくなっていって、騎手への想いを超えたとき、受験を決意しました。

心配だったのは、大きい学科試験が競馬学校の入試以来だったこと。調教師試験は記憶系の問題が多いです。そこで、勉強を始める前の1年ほどは、脳に関する本ばかり読んでいました。効率的な記憶をするための勉強法や脳の使い方を学ぼうかと。

やはりむやみに長時間勉強するのはイヤでしたし、土日はレースに集中したい。子どもも小さいので、1日中勉強するわけにはいきません。ここでも「効率良く」努力したかったんです。

あとは、勉強自体が大好きな競馬にまつわるものだったのも良かったです。もし去年ダメでも、今年、来年と楽しく再挑戦できていたと思います。

 

「調教師をやりたい」込み上げる想い

周囲の協力のおかげもあり、調教師試験を思いがけず1年でパスすることができましたが、騎手への熱量は変わりません。むしろ、「来年も乗っていたいな」と思う瞬間もあります(笑)。

先日も、年末のグランプリ・有馬記念で、見渡す限りお客さんがぎっしり入っているのを見て、久しぶりに「やっぱり騎手って最高だな」と感じました。

無観客の時期も長かったので、この景色が見られるなら、もうちょっと騎手をやっていたいな、とも。でも、それじゃいつまで経っても辞められない。騎手を辞めなければいけない理由は一つもないけど、それ以上に調教師をやりたくなってしまった、という感覚です。

とはいえ、実はこの先の展望はまったく未知数。きっと思い通りにいかないことが色々起きるでしょうが、そこも含めて楽しみです。ゲームでも、最初の力をつけていく段階が一番楽しい。敵がいないくらい強くなったら飽きちゃいますよね。

調教師の魅力は、何と言っても馬主さんの代理人として、一頭の馬に一から十まで関われることです。この馬にはこんな調教をして、このレースに出して、この騎手を乗せて、休養はこのくらいで……ってところまで、すごく広い裁量がある。責任を自分で取れるというか。

自分のホースマンシップを本当に体現していくには、その立場が一番だと思うんです。騎手の立場では、一頭の馬にずっと関われることは稀ですから。

それと、僕は有名騎手の息子として生まれて、騎手になった身。馬に人生を豊かにしてもらった以上、人間のエゴで馬にしわ寄せがいくような選択をしない人間でありたいとも思っています。

馬にツケがいく選択をしてしまっては、今ここで騎手から身を引く意味がない。この先も、きっとサラブレッドに捧げる一生になるのかな、と思います。

そうなると、僕にとって調教師は「生きる手段」としての仕事ではないのかもしれません。仕事選びで「自分のやりたいこと、理想像」を最優先できるって、ものすごく幸せなことですよね。

だからこそ、それをやりきる。騎手を辞めるというより、自分が一番やりたいことに時間とエネルギーを注いでいる、という感覚のほうが近いかなと感じます。

【福永祐一(ふくなが・ゆういち)】
1976年、滋賀県出身。父は70年代に9年連続で年間最多勝を獲得した元騎手・福永洋一。96年の騎手デビュー後、99年の桜花賞でGI初制覇。18年には父も成し遂げられなかった日本ダービーを制覇し、20年にはコントレイルをクラシック三冠(皐月賞、日本ダービー、菊花賞)に導く。11年、13年には年間最多勝(全国リーディング)を獲得。22年末までに積み上げた通算2618勝は歴代4位。10年から継続中の13年連続100勝達成は歴代最長。

 

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