昨年末までに歴代4位の2618勝を挙げ、2010年から史上最長となる13年連続100勝を達成中。輝かしい成績を残す中、昨年12月に「23年2月での騎手引退、調教師転身」を発表した福永祐一氏。
30歳を超えてから成績を急上昇させた「遅咲きのレジェンド」に、全盛期の今、調教師転身を決めた理由を聞いた。
※本稿は、『THE21』2023年3月号掲載「私の原動力」より内容を抜粋・取材内容をもとに再編集したものです。
騎手になろうと最初に思ったのは、中学2年の進路相談のときでした。自分の将来について初めて具体的に考えたとき、騎手という選択肢が急に現実的に思えてきたんです。
騎手の中には僕のような「競馬一家」の出身者が多く、幼少期から将来の選択肢は騎手一択みたいな人も少なくありません。でも、僕自身は競馬にはまったく興味がありませんでした。「サッカーがしたい」という理由で、乗馬クラブも1年でやめてしまったくらいです。競走馬の知識も、せいぜい「オグリキャップなら知っている」程度でした。
そんな僕がいきなり「騎手になる」なんて言い出したのですから、親は驚いたと思います。
でも「福永洋一の息子」というのは大きなアドバンテージだと思った。いかにも幼い考えですが、よほど出来が悪くなければ、競馬学校の試験くらい受かるだろ、って(笑)。
競馬のことはまるで知らなかったけど、「この境遇を活かさずに違う道に進んだら、きっといつか後悔するだろうな」と、それだけはなぜか確信が持てたんです。
でも結局、骨折もあって最初の年は不合格。今思えば、「骨折してても父の威光で受かるかも」なんて思っていた子どもが一発合格してしまわなくて良かったです(笑)。
1年普通の高校に通ってから競馬学校に入りましたが、実はその時点でもまだ競馬に全然興味がなくて。ほんとに入学してからですね、馬にハマったのは。
最初に魅せられたのは、血統の面白さでした。元々歴史や歴史ゲームが好きだったので、数百年続く系譜の重みを感じてね。
どんな血統をどのくらいのパーセンテージで掛け合わせるかによって馬の力は大きく変わるし、そうかと思ったら同じ血統配合でもまったく違うタイプの子どもが生まれるし、すごく奥が深い。競馬ゲームも大好きで、ダービースタリオンよりウイニングポスト派です。
僕の場合、仕事もゲーム的に考えることがよくあります。例えば、乗ってみたい馬がいる厩舎があるとする。なら、そこの馬に乗るために「厩舎との親交度」パラメータをもっと上げなくては。よし、「調教だけでも手伝わせてください」とお願いしてみよう、とか。
騎乗スキルだって、「フィジカル」「テクニック」「コース理解度」といったパラメータを上げていく作業とも捉えられると思うんです。
市販のゲームには攻略法があって、最速で成果を出すための「正解」があります。それと同じで、現実の仕事にも、人よりも良い成果を人よりも素早く上げるための「コツ」が明確に存在しているんじゃないかと。
それに気づける人と、そうでない人とでは結果が違ってくる。いくら努力しても、ピントのずれた努力では成果は出ない。それは、どの世界でも同じなんじゃないでしょうか。
更新:11月21日 00:05