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「AIJ事件」から学ぶ、“企業年金”との正しいつき合い方

2012年06月05日 公開
2023年05月16日 更新

喜多幸之助(ラッセル・インベストメント),大海太郎(タワーズワトソン)、竹川美奈子(LIFE MAP.LLC代表)

2012年1月23日、証券取引等監視委員会による検査によって、AIJ投資顧問が運用を受託していた企業年金1,852億円の大半が消失していることが発覚した。

顧客に対して虚偽の運用報告をしており、知らないあいだに年金がなくなっていたという事態に、企業年金の加入者たちのあいだに不安が広がっている。

AIJ事件の問題点はどこにあるのか、企業年金は頼りにしてよいものなのか、専門家の方々にお聞きした。

※本稿は、『THE21』2012年6月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

AIJの虚偽報告はなぜ見逃されたのか?

――AIJ事件の第一の問題は、AIJが虚偽の運用報告をしていたことにある。では、なぜ虚偽の運用報告ができたのか。

AIJは、投資判断の委任を顧客である年金基金から受け、「AIMグローバルファンド」という英領ケイマン諸島に設定した投信に、信託銀行を通じて投資させていた。

海外投信への投資自体に問題はない。問題は、AIMグローバルファンドの名義が、AIJ傘下の「アイティーエム証券」になっていたことだと、ラッセル・インベストメント〔株〕(資産運用コンサルティング会社)のコンサルティング部長・喜多幸之助氏は指摘する。

【喜多】投信の時価は、アドミニストレーターと呼ばれる第三者が計算し、投信の名義人に報告します。通常、名義人は信託銀行なので、信託銀行が投信の時価をチェックしています。

ところが、AIMグローバルファンドはAIJ傘下のアイティーエム証券の名義なので、アドミニストレーターからの報告をアイティーエム証券が受けるかたちになっていました。だから、AIJによる運用成績の改竄が可能だったのだと思われます

――AIJ事件を受けて、信託協会は、信託銀行の確認権限の拡大や投信名義人規定の明確化などの再発防止策を検討している。

また、各年金基金は、運用先の投信に適切なアドミニストレーターがついているか、第三者の監査を受けているかを確認しているという。

タワーズワトソン〔株〕(資産運用コンサルティング会社)のインベストメント部門ヘッド・大海太郎氏は、年金基金の連用担当者の知識や経験が不足しており、偏されやすかったことを指摘する。

【大海】厚労省による厚生年金基金の実態調査で、運用を担当する役職者の約9割が運用業務経験のない“素人”だったことがわかりました。また、証券アナリストなどの資格をもっている人はわずか2%でした。(2012年3月1日時点)

財務の担当者が年金基金の運用担当者になるケースが多いのですが、財務のプロが運用のプロだというわけではありません。

また、イギリスでは義務化されている 『基本ポートフォリオの策定』や『基本ポートフォリオ作成に関する専門的知識・経験を有する者の配置』が、日本では努力義務に留まっています。

どの程度の知識や経験があればじゆうぶんといえるのかは難しいですが、知識や経験が不足しているのであれば、運用コンサルタントなどの外部リソースも活用するべきだと思います

 

ヘッジファンドはハイリスクなのか?

――AIJ投資顧問がオプション取引をしていたことから、ヘッジファンドはハイリスクであるという印象が一部に広がっているが、喜多氏、大海氏ともに、それは誤解だという。

【大海】ヘッジファンドは、デリバティブ取引(オプション取引はデリバティブ取引の1つ)を行なうことで、市場の変化に左右されず、安定したリターンを出すことを目標としています。

ヘッジファンドは空売りも行ないます。伝統的な手法では、株価が上昇すれば利益が出ますが、下落すれば損失が出ます。しかし、空売りをすれば、株価が下落しても利益が出るわけです。

空売りやデリバティブ取引など、さまざまな手法を駆使しているのがヘッジファンドです

――企業年金の資産配分のうち、リターンが期待できなくなった国内株式が占める割合は減少してきている。逆に、市況に左右されないことをめざすヘッジファンドは、少しずつ比率を高めているのが現状だ。

ヘッジファンドで重要になるのは、どのファンドを選ぶかだ。さまざまな運用手法を複雑に組み合わせているだけに、運用スキルによって運用成績に大きな差が生じる。毎年、数多くのヘッジファンドが新規に設定されるとともに、清算されるヘッジファンドも数多い。

AIJ事件では、過去の(虚偽の)実績をみて、AIJに運用を任せた年金基金も多かったようだが、過去の運用成績は、これからの運用成績を保証するものではない。

個別のヘッジファンドのなかからどれがいいかを選ぶことは、プロであっても困難なことだ。それを象徴する事件が、リーマン・ショック直後に発覚したマドフ事件である。元NASDAQ会長のバーナード・マドフ氏が、運営するヘッジファンドの運用成績を約10年間にわたって改竄していたというものだ。まさに、AIJ事件と同様の事件である。元NASDAQ会長という経歴による信頼性もあり、著名な銀行など、プロも多く騙されていた。

そこで、大海氏が有効だとするのが、ファンド・オブ・ファンズ(FOF)の活用だ。FOFはさまざまなファンドに投資しているファンドである。FOFに投資すれば、手数料は余計にかかるものの、高い専門性をもったプロが選んだ複数のヘッジファンドに分散投資をすることができる。

 

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