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銀行重役を絶句させた松下幸之助の「分かりません」の意味

2022年09月02日 公開
2024年12月16日 更新

渡邊祐介(PHP理念経営研究センター代表)

 

峠の茶屋だって旅人たちと契約している

このエピソードについて、筆者は今、こういう理解をしている。ポイントは、計画を説明する幸之助の言葉の中にあった。方針発表会で幸之助はこんな説明を添えていた。

「この計画は必ず達成できる。なぜかと言うと。これは一般大衆の要望だからである。われわれは、大衆と"見えざる契約"をしているのである」

またこのときの思いを著書『決断の経営』でこう綴っている。

「つまり、大衆の要望を素直に聞いて、このくらいの額であればおそらく大衆が求めているであろうと考えたのである。だから、私としては大きすぎる数字だとか、とても販売できる数字ではないとは考えなかった」

なるほど。ともすれば事業計画とは、経営者の独善、希望的観測が数字になることが多いものだ。「販売高1兆円」「時価総額日本一」とか声高に叫ぶ経営者も時に現れる。

しかし、幸之助のそれはそんな私的欲望とは無縁である。大衆の願望を代弁した数字ということなのだ。"見えざる契約"について、幸之助は「峠の茶屋」の話もよく例として話している。

人里離れた、ある峠の茶屋にひとり暮らしをしている老女がいた。いつも朝は早くから起きて、毎日きちんと店を開け、いつでもお茶が出せるように準備している。

旅人が来る来ないに関係なく、老女は必ず店を開けていたので、この峠を越える旅人たちは、いつとはなしに、この茶店で一服するのを一つの習慣とするようになり、老女もまた、茶店の存在が旅人たちに安心と喜びを与えていることを、この上もない喜びとするようになった。

幸之助は一人の老女と多くの旅人たちとの間に、あたたかい"見えざる契約"がとりかわされているというのだ。

契約とは言いながら、この問題の本質は、自分の事業や仕事のやりがいは、私心に依った欲望ではなく、社会における存在意義を高めることにある。

自己肯定感のない人たちが増える中、自分の仕事の何が世に役立っているかを省みることは、組織、個人に限らず、とても大切な姿勢ではないだろうか。

 

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