2022年03月25日 公開
経営者や投資家、銀行員やトレーダー…、立場や職種が違えば、決算書で注目すべきファクトや数字は異なる。その理由や背景を紐解けば、その人のビジネスに対する価値観が見えてくる。
そこで、複雑な情報を図でひもとくビジュアルシンクタンク「図解総研」代表理事である近藤哲朗氏と、理論と実務の架け橋として会計とファイナンスの情報を発信する村上茂久氏に、決算書の注目ポイントから、お互いのビジネス観を深掘りしてもらった。本稿では、「企業価値」とは何かという重大なテーマが浮き彫りになってきた。
【村上】近藤さんの非財務情報が大事だという意識は、「企業価値とは何か」という大切なポイントにつながると思います。ただ、近藤さんは数字の専門家としてのバックグラウンドがないのに、いきなり本質を捉えた議論をされますよね。
私は銀行員としてキャリアをスタートしたので、決算書を読む中で、色々な視点や見方を学んできたんですが、近藤さんはその勘所を経営大学院で学ばれたんですか?
【近藤】いえ、大学院で学んだのは個別のケーススタディでしたから、「そもそも会計の本質とは何か」みたいな議論はされてきませんでした。でも、数世紀の歴史と英知が積み重なった会計の仕組みは、どういう意味を持つのか?は気になっていました。
でも、『バリュエーションの教科書』をたまたま手に取って面白いと思いましたし、私の「社会全体の流れの中で会計がどう使われているか」という課題意識に近そうだと思いました。あまり共感する人は、周りにいませんでしたが(笑)。
【村上】時代を先取りし過ぎてたかもしれませんね…。
【近藤】そこから調べていくうちに、エーザイCFOの柳氏※1の存在や伊藤レポート※2を知りました。さらに、「伊藤レポート2.0」などを読み進めていくと、PBRや無形資産といった説明がなされていて、はっとしました。『バリュエーションの教科書』にも通じるなと。これを自分なりにわかりやすく分解していって『会計の地図』が生まれました。
【村上】ある程度、知識に馴染みがないと、ピンとこないと思うんですけど、すごいですね(笑)。
【近藤】ですが、ファイナンスの部分は書き切れていません。「企業価値とは何か」、フリーキャッシュフローなどの話も入れたいところでしたが、そこまで書くとまとまりませんし。その意味でも、『決算書ナゾトキトレーニング』は、『会計の地図』を補完してくれています。
【村上】私も今でこそ企業価値の大切さがわかりますが、初めはわかりませんでしたね。ただ2006〜2007年頃、入社1〜2年目の若手時代に『会社の値段』(ちくま新書)という本と出会って、衝撃を受けました。
結局、銀行の貸出のビジネスってつまるところ「ローンを返してもらえるかどうか」という話なんで、利益や売上を中心に見ているんです。でも、M&Aとなると会社そのものの値段が議論されるので、「企業価値」という新たな視点が得られました。
ちなみに、『会社の値段』『バリュエーションの教科書』は、どちらも森生明先生の書籍で、ファイナンスと決算書への理解が深まる名著なので本当にお勧めです。
対照的なモノの見方をするような近藤さんと私ですが、源流は同じなんですね。森生先生の本に感銘を受けたという。
【近藤】本当ですね!
【村上】ライブドアや村上ファンドが盛り上がった2005年頃の企業価値の議論や論点が時代を経て、近藤さんの問題意識と接続されてきますね。
【近藤】その通りですね。GPIFはリーマンショック以降、長期的かつ持続的な企業に投資しています。私自身、最初は「GPIFがなぜESG投資なのか、いわゆる『良いことしてる会社』に投資をしているみたいだけど、国民の年金の一部を預かって運用してる組織がそんな基準で投資していいのか、リターンが得られるのか」と感じていました。
でも、よくよく調べると彼らのような長期で大きな投資をする人々は、一社一社の株価の値下がりはあまり気にせず、経済全体に対して投資をしています。
見方を変えれば、環境問題などの経済全体を揺るがすリスクを最小化しなければ、リターンが得られない。数世代先の国民の年金を賄うには、地球がもたなければならないんです。
つまり、ESG投資は「キレイごと」ではなく、マクロな問題を最小化する合理性があります。
こうして、GPIFのようなお金の流れの上流である川上の人々が、責任投資原則(PRI)※3を採択すれば、その川下にいる機関投資家たちもESG投資を意識せざるを得なくなります。
それと連動して、企業はESG経営を「やったほうがいい」から「やらざるを得ない」になります。すでに、その段階まで来ていますよね。
【村上】実際に、アップルは、アップル監査といった独自の監査をしています。ESGにおける環境や社会について、アップルの基準から外れた企業をサプライチェーンの取引から外していますもんね。
【近藤】その通りです。だから、世界全体の流れに背く方向になってないか、非財務資料が大切になってくるんですね。
――近藤さんは、社会課題を前提に決算書を読まれている一方で、村上さんは決算書を読む際に大切にされているポイントはどこですか?
【村上】上場企業でいえば時価総額ですね。企業は、マーケットでどう評価されているのか。マーケットがどう評価しているのか。時価総額が自分の評価と乖離していれば、マーケットの視点から、「自分が何か見落としている」「見方を誤っているのでは?」といったチェックができます。
たとえば、2020年テスラモーターが、トヨタの時価総額を越えましたね。しかし、2020年の世界の新車販売台数でみれば、テスラは約50万台、それに対してトヨタは約1,000万台です。
トヨタは、テスラよりもおよそ20倍の販売台数がある。でも、時価総額はテスラが勝っている。トヨタに勝つどころか、世界中の自動車会社上位10社の時価総額を合計しても、テスラの時価総額に勝てない。
なぜ、こんなに高いのか。これは単なるバブルではないのか。
1つは電気自動車車自体をアップデートしていることにあると思いますが、マーケットはテスラのどこを評価しているのかを読み取ることに価値があるんですね。それは、時価総額に表れます。
【近藤】『決算書ナゾトキトレーニング』の第1章で、メルカリが5期連続赤字なのに絶好調の理由を取り上げていましたが、まさにその印象を受けますね。
【村上】そうですね。売上と利益だけを見れば、メルカリは市場からそんなに高い評価はつかないはずだと思います。
余談ですが、メルカリの決算書を読み解く時に、「これ、普通の銀行員じゃ読めないな」と感じました。厳密に言うと、読めないと言うよりは、なかなか融資できないだろうなと。これだけ赤字が拡大しているし、自分が行員だったらどうやって融資を通すんだろうと。
でも、マーケットが評価しているし自分が見落としている見方が何かしらある。そう思えばこそ、時価総額に注目すべきだと考えています。
もちろん、高すぎる時価総額は、バブルの可能性もあります。実際、私は当時働いていた銀行の部署がリーマンショックで手痛い失敗をしていたのを目の当りにしたので、必ずしも市場が正しいわけではないと思っていますし、バブルの歴史を振り返ると、市場も間違いを何度もおかしています。ですが、それでも自分の思い込みで企業を評価しないためにも、市場の評価も大切だと思います。
更新:11月22日 00:05