2021年10月07日 公開
2023年02月21日 更新
――社会に出てからも数々の壁にぶつかったが、中でも「一番しんどかった」と話すのが、40代で転職したネットベンチャー時代だ。上場準備に入っていたIT企業に代表取締役として招かれたが、経験のない企業経営は想像以上に大変だった。
【村本】新卒で就職した時事通信社ではあくまで一社員でしたし、次に転職した大学では経営学部で教えていたものの、実際に会社の経営に携わるのは初めて。わからないことばかりで、特に組織作りや人事など、人に関する悩みは尽きませんでした。
自分の期待通りに周囲の人が動いてくれないと、『どうしてちゃんと働かないのだろう』とストレスを溜めることも多かったし、一緒に頑張っていたはずの仲間が辞めてしまい、ショックを受けたこともあります。
でもあるとき、はたと気づいたんです。『自分だって前の職場を辞めて転職したじゃないの』って(笑)。人にはそれぞれの人生があり、それぞれの価値観や基準に従って行動するのが当たり前。いくら私がこうしてほしいと思っても、他人がその通りに動くわけではない。だからいちいち落ち込む必要はないのだと考えるようになりました。
――この経験を経て、村本氏は人間関係について一つの信条を持つに至る。それが「人に期待しない」だ。
【村本】これはネガティブな意味ではなく、お互いにつらい思いをしないための前向きな対処法です。なぜ人間関係でストレスが溜まるかといえば、『部下ならこれくらいはやるべき』『上司が指示したらその通りにすべき』といった"べき論"を前提にコミュニケーションするからです。つまり自分で勝手に相手への期待値を設定しているんですね。
それで思った通りの結果にならないと、期待と現実のギャップにストレスを感じてしまう。でも"べき論"を捨てれば、現実をそのまま受け入れて、『よくやってくれた』『頑張ったね』と素直に結果を認められます。いい意味で人に期待しないほうが、自分も気がラクですよ。
――そしてもう一つ、人間関係で大事にしているのが「人との出会い」だ。投資家に出資を断られ続けたときに前向きでいられたのも、「どこかに自分を理解してくれる人がいるはず」と信じられたからだと話す。
【村本】私のキャリアは、いつも人との出会いが転機となってきました。だから『理解者に出会うまで頑張ろう』と思えたのでしょうね。最初の転職で大学教授になったのも、会社員時代の先輩から声をかけられたのがきっかけでした。
私は時事通信社で消費者調査などのマーケティング分析に従事していたので、先に大学へ転職していた先輩が『マーケティングの教授職が空いているからやってみないか』と誘ってくださったのです。
――そのあとネットベンチャーに移ったのも、ある会社の常務から「面白い会社があるので、社長に会ってみたら?」と紹介されたから。軽い気持ちで社長に会ったら意気投合し、経営に加わることになったという。
【村本】それから一度はまた教職に戻り、経営大学院で教えていたのですが、たまたま学生の中にエイベックス子会社の取締役がいて、『映画の宣伝を手伝って欲しい』と頼まれたのです。それで52歳の時にエイベックスへ転職しました。
起業のビジネスアイデアが生まれたのも、知人がFacebookで告知していたワークショップに興味を持ち、参加したのがそもそもの始まりです。『21世紀型エコノミー』のテーマで他の参加者と話をするうちに、自分の中にあった問題意識が触発され、シェアリングサービスの発想につながりました。
私は決して社交的ではないし、人脈やネットワークを広げようと意識したことはありません。ただし、その時々で出会った方とのおつきあいは大事にします。
私に協力できることやお手伝いできることがあれば一生懸命やりますし、逆に相手から力を貸していただいたときは、ご厚意に報いるように精一杯努力する。そうして一つひとつのおつきあいを大切にしてきたから、起業後もたくさんの方たちに支えていただけるのだと思います。
――起業から5年が経ち、今年7月には新たに22億円超の資金調達も果たして、「アリススタイル」のさらなる飛躍を目指す村本氏。だが世の中には、次にやりたいことを見つけられないまま会社の定年が近づき、「この先の人生をどうやって充実させればいいのか」と不安を感じている人も多い。年齢を重ねても、ポジティブに人生を歩んでいく秘訣はあるのだろうか。
【村本】将来が不安になるのは、緻密に計画を立てる方が多いのかもしれません。だから『計画通りにいかなかったらどうしよう』と先が心配になる。むしろ先の予定を決めず、『面白そうなものに出会ったら首を突っ込んでみればいい』というくらいの感覚でいれば、意外なところでワクワクできるものが見つかるものです。
先ほど話したように、私も最初から転職や起業を計画していたわけではなく、たまたま出会った人や情報がきっかけとなり、『面白そうだからやってみよう』の積み重ねでここまで来ましたから。
それに計画を立てると、『○歳の自分はこうあるべき』と決めつけることになる。そして計画通りにいかないと、『自分は失敗した』と考えてストレスに苦しむ。自分自身に対しても、"べき論"で縛ってしまうのです。
ですから計画通りにいくか、いかないかという基準から離れて、単純に『楽しいか、楽しくないか』で考えてみることをお勧めします。あるべき姿を捨てれば、どんな自分でもいいと思える。成功や失敗という概念にとらわれず、今この瞬間を楽しめることが、人生で一番の幸せではないでしょうか。
更新:11月25日 00:05