実は距離の感覚はクリエイティビティに大きな影響を与えることが、研究の結果から明らかにされています。心理学者リル・ジアらが行った実験では、数十人の学部生をランダムに2つのグループに分け、それぞれに、思いつく限りの交通手段を挙げるよう求めました。
その際、1つのグループには、この課題はアメリカを離れてギリシャで学ぶ米インディアナ大学の学生が考案したものだと告げ、もう1つのグループには、地元インディアナ州で学ぶインディアナ大学の学生が考案したものだと告げました。
どこの学生が考案した問題かという、無関係に思える情報が実際には被験者の成績に顕著な違いをもたらすことになりました。結果として、ギリシャで考案されたと教えられたグループの方が、思いついた交通手段の数が多かったのです。
課題が遠くで考案されたと聞いた被験者たちは、地元の交通手段にとらわれることが少なくなり、インディアナ州の中だけでなく、世界中を動き回ることについて考え始めたと言います。
2度目の実験では、解答を導き出すのにひらめきを要する問題を解かせたのですが、ここでも、インディアナ州ではなく約3200キロメートル離れたカリフォルニア州で考案された問題だと聞かされた被験者の方が、問題解決の成績が格段に高かったと言います。
「距離がある」という感覚を持つことで、被験者たちははるかに幅広い選択肢を検討するようになり、問題解決能力が高まったのです。
このテストは、解釈レベル理論(Construal Level Theory:CLT理論)をベースとしています。CLTとは、距離の認知が人間の考え方に大きな影響を及ぼし、「距離的に遠く感じられる」物事ほど、抽象的に思考するようになるという考え方です。
つまりCLTは、日常生活を送っている場所との物理的な距離感をイメージするだけで、新しい視点を持ちやすくなることを示しています。
このように考えると、ビジネスで抱えている課題の解決策を見出したい、あるいは新たなイノベーションをもたらしたいというとき、ワーケーションを行い意識的に移動を取り入れることで、仕事のパフォーマンスとクオリティを高めることが期待できます。
【著者紹介】長田英知(ながた・ひでとも)
東京大学法学部卒業。地方議員を経て、IBMビジネスコンサルティングサービス、PwC等で政府・自治体向けコンサルティングに従事。2016年、Airbnb Japanに入社。日本におけるホームシェア事業の立上げを担う。2022年4月、良品計画に入社。同年9月よりソーシャルグッド事業部担当執行役員に就任。社外役職として、グッドデザイン賞審査委員(2018~2021)、京都芸術大学客員教授(2019~)等。著書に『たいていのことは100日あれば、うまくいく』(PHP研究所)、『ワ―ケーションの教科書 創造性と生産性を最大化する「新しい働き方」』(KADOKAWA)などがある。
更新:11月23日 00:05