2019年12月02日 公開
2023年02月24日 更新
2020年春から順次始まる「5G」。通信速度が飛躍的に上がることで、動画をストレスなく大量に視聴できるようになったり、新たなサービスが登場したりすることが予測され、ユーザーにとって夢のような世界がやって来る……かと思いきや、そう簡単にはいかないと言うのがPicoCELA〔株〕社長で工学博士の古川浩氏だ。いったい、どういうことなのだろうか?
――いよいよ5Gのサービスが始まるわけですが、その背景を教えてください。
古川 私はNECに在籍していたときに3Gの世界標準を作る団体で活動していました。3GPP(3rd Generation Partnership Project)という団体で、5Gの規格を作っているのも同じ団体です。
2Gの時代は、日本と欧州、米国で、それぞれ独自の規格を使っていたんです。でも、別々にやっていても仕方がないだろうということでできたのが、3GPPです。米国向けに3GPP2という下部組織も出現しましたが、現在では3GPPが全世界統一の規格作りをリードしています。以降、3.5G、4G、5Gと、3GPPが標準化を行なってきています。この間、ご周知のように、通信速度がどんどん上がってきました。
よく覚えているのですが、3Gの終わりの頃は、品川でミーティングをすると、朝の時間帯はほとんど携帯電話がつながりませんでした。スマホが登場してきた時期ですね。2008年に日本で最初に販売されたiPhoneはiPhone 3Gでした。スマホはガラケーの10倍ほどのトラフィックがあるので、一気に回線がパンクして、使いづらくなったんです。4Gになったことで、スマホが使いやすくなりました。
しかし、その後もモバイルのトラフィックは増え続け、4Gでも、キャリアは対応できなくなってきました。そこでどうしたかと言うと、通信量に上限を設けました。GBの制限がなかった「使い放題プラン」が、7GBを超えると通信速度を極端に遅くして、事実上、使えなくなるプランに変わり、さらに3GBへと上限が下がってきています。
「パケ死」という言葉がありますが、僕たちが若い頃は、彼女と長電話をしたら料金が10万円になってしまったときに使うような言葉だったのに、今は通信量が3GBを超えて、通信が制限されることを言うように変わっています。それで、女子高生たちはフリーWi-Fiを探して回っているわけですよね。
要するに、モバイルのトラフィックがキャリアの想定以上に増えてしまっているわけです。
そこで必要になっているのが、コストを上げずに、つまり携帯電話の料金を上げずに、より多くのトラフィックを流せるようにする技術です。
――それが5Gだというわけですね。
古川 実は、スマホと基地局との間の無線回線については、20年ほど前に、ほぼ理論限界の速度が出る技術が確立していて、さらなるアップグレードは期待できません。できることは、使う周波数の帯域を広くすることくらいしか残されていないんです。
ところが、5Gに使えるのは、テレビや従来の携帯電話が使っている周波数帯よりも高い周波数帯しかありません。低い周波数帯は、他の用途で埋まってしまっているからです。
電波は、周波数が低いほど回折しやすく、高いほど直進するという性質があります。回折というのは、壁の向こう側などへ回り込むということ。要するに、低い周波数の電波ほど届きやすいということです。5Gに使える電波はこれまでよりずいぶん高いので、届きにくい。
ということは、基地局をたくさん作らなくてはなりません。これが、5Gが普及するうえでの最大の課題です。
ガラケーの3Gのときは100平方キロメートルに基地局が三つあればよかったものが、5Gだと20メートルおきに必要になります。
――各キャリアが自社の基地局をどんどん作らないといけない、と。
古川 そうした基地局をスモールセルと呼びます。
スモールセルには、高い周波数の帯域を使うために必要だという他に、周波数帯にかかわらず、負荷を分散して電波を効率的に使えるようにするという意味もあります。
米国は日本に先行していて、ベライゾンが5Gサービスを始めていますが、日本と同じく高い周波数の帯域を使っていて、電波が届かないという問題が実際に起こっています。『THE WALL STREET JOURNAL』は2019年7月に、「技術の粋を集めた次世代ワイヤレス通信のために大量のワイヤーが必要になっている」という記事を出しました。同じ問題が、日本でも起こると思います。
通信速度を100倍にするには、5Gに使われる周波数帯の中でもより高いほうの帯域の電波を使わなければならないのですが、すると、屋外にある基地局から建物の窓際までしか届きません。インドアは中継が必要です。
韓国は5Gが9割普及していると言われていますが、厳密には5Gではなく、4Gの規格でソフトウェアを改良したものを使っています。
――話を聞くと、全国津々浦々で5Gが使えるようになるには、けっこう時間がかかりそうですね。
古川 そうなると思いますよ。日本は今でも収入に対する通信費の割合が欧米やアジア諸国よりも高いと問題視されていますから、これ以上、携帯電話料金を上げずに、新たな設備投資をどれだけできるかも課題でしょう。
ちょっとネガティブなことを言ってきましたが、5Gが始まると面白いことができるのも確かです。例えば、ローカル5Gというものがあります。特定のエリアだけで使える帯域を割り当ててもらい、自分たちで基地局を設置して、その中で5Gを使うというものです。
また、IoTに5Gを使うこともできます。低速で少量のデータを送るのにも、5Gは使えますから。LPWAという通信技術をIoTに使う動きがあるのですが、5Gが出てくると、IoTの普及競争もいっそう激しくなると思います。
――御社は置くだけで使える基地局の技術を開発しているということですが。
古川 今はWi-Fiの事業を展開していますが、技術を転用して、携帯電話にも進出するつもりです。
Wi-Fiはインターネットの無線化のための規格で、免許が不要で誰でも使える2.4GHzと5GHzの帯域を使っています。ただ、2.4GHzは電子レンジなども使っていて、混信が激しすぎるので、今は5GHzがメインです。
これらの帯域は、ライセンスフリーである代わりに、微弱な電波しか出せません。つまり、Wi-Fiは初めからスモールセルなんです。5Gの時代が来ると、Wi-Fiで鍛え上げてきた我々の技術が使えるわけです。必ずスモールセルが必要になる時代が来ると予測して、携帯電話にも転用できるよう技術をデザインしてきました。無線メッシュという技術で、世界の中でも我々が先を行っていると自負しています。
基地局同士や基地局とインターネットを結ぶ通信をバックホールと呼ぶのですが、我々の技術を使った基地局だと、バックホールに使うLANケーブルの数を大幅に減らすことができ、低いコストで基地局を設置することができます。
基地局はキャリアに販売することになりますが、我々は技術をライセンス販売して、ライセンシーが製品を製造・販売することになると思います。
更新:11月25日 00:05