2019年10月25日 公開
2023年02月24日 更新
もともと相撲が好きな筆者ではあったのですが、本格的にハマったのは意外と最近で、2005年ごろのこと。
当時、幕内だった普天王関(現・稲川親方)が力士としてはおそらく初めて、本格的なブログを始め、それを読んだのがきっかけです。
普段なかなか見えてこない力士の心情……どんな気持ちで本場所を迎えるのか、どのように自分の取り組みを振り返るのかといったことが心の動きまで含めてリアルに伝わってきて、「そうか、力士はこんなことを考えながら相撲を取っているのか」と、今更ながら気づかされたのです。
競技者のキャラクターを知れば知るほど面白くなるのはどんなスポーツも一緒だと思いますが、相撲の勝負は一瞬。だから、一挙手一投足にさまざまなものが凝縮され、一瞬たりとも見逃せない。
先日、大団円を迎えた『火ノ丸相撲』の著者もまた、同じような視点から相撲に魅せられたのではないかと、勝手ながら推察します。
なぜなら、主人公やその周辺人物だけでなく、ほんのちょい役や、明らかなかませ犬役の人まで、とても丁寧にその心情やバックグランドが描かれているからです。
「細部に意味が凝縮される」という相撲の魅力が余すところなく伝わる名作です。
さて、そんな本書ですが、相撲の魅力だけではなく、「チーム論」という面でも非常に大事なことを教えてくれます。
具体的には、「バラバラな人が集まったチームをまとめるにはどうしたらいいか」というヒントが、豊富に含まれているのです。
仕事におけるチームには、大きく分けて2つあると思います。
一つは、それぞれの担当分野がはっきりしているチーム。たとえば誰かが製品を作り、それを誰かがパッケージにして、誰かが売る。ある人が企画を立て、ある人がプログラムを組み、ある人がデザインをする。こうしたチームでは、それぞれの人はまったく別の仕事をすることになります。
もう一つは、「全員がバラバラに、同じ仕事をするチーム」。営業チームが典型でしょう。売り上げ目標を達成するという共通目標はあれど、それぞれの担当や地域は別なので、基本的には一人で仕事を行うことになります。
前者のチームは、誰が欠けても仕事が滞るので、チームワークは必須となります。ただ、後者は極論すれば「一人一人が勝手に売り上げを上げてくればいい」となり、チームワークなどなくても、数字が上がってしまうことがあります。
ただ、ノウハウが共有されなかったり、「あいつは全然成果が上がっていないのに、なぜ同じ給料なのだ」といった不平不満が生まれがちでもあり、マネジメントは非常に難しくなります。
中でもエース級を集めた営業部において、こうした問題が発生するというのは、取材をしているとよく聞く話でもあります。
『火ノ丸相撲』の前半で描かれるのは高校相撲の団体戦なのですが、これと同じような問題をはらんでいます。5人が1対1で戦い、先に3勝したほうが勝ち。団体戦とはいえ基本は個人戦なのです。
しかも、主人公・火ノ丸が属する大太刀高校相撲部に集まった人たちは出自も相撲経験も、強さもバラバラ(相撲好きだけど一度も勝ったことのない部長、レスリング部チャンピオン、元ヤンキー、フルート奏者)。そんなバラバラなチームが高校ナンバーワンに上り詰める様子が描かれるのですが、ではなぜ、このチームは空中分解せずにすんだのか。
火ノ丸のリーダーシップ、部長の気遣いなどいろいろな要素があると思いますが、最大のポイントは「健全なライバル心」と「違いに対する尊重」なのではないかと思います。
何しろチーム6人のうち2人が、「火の丸を倒したくて相撲を始めた」というくらいなので、元々ライバル心は旺盛だったのですが、それが健全な方向に働いたことで、才能はあるのに負けてばかりだった部長の小関の心に火をつけ、彼の実力を引き出すことになったのです。
ただ、ライバル関係だけでは、チームの雰囲気はピリピリしがちです。それが避けられたのは、それぞれの部員の出自がある意味「違いすぎる」ことだったのだと思います。
中でも火ノ丸にあこがれて入部した三ツ橋は、相撲経験どころかスポーツ経験もない、ひ弱な少年。彼は必死の努力で強くなっていきますが、さすがにすぐに全国大会レベルの選手に勝てるほど、甘い世界ではない。
そこで彼は、正面突破で勝つことをあきらめ、卑怯と言われるほどトリッキーな技を磨いてなんとか1勝を得ようとします。
その努力はなかなか実らないのですが、メンバーはそんな彼を馬鹿にするどころか努力をたたえ、さらにその必死な姿勢を自分の相撲に取り込み、さらに強くなっていくのです。
一見、同質な人の集まったチームのほうが、マネジメントはしやすいように思えます。ただ、そうしたチームはライバル関係が行き過ぎて、空気が悪くなることも多い。
そして大太刀高校と対戦した他校のチームはまさに「同質な人の集まり」でもありました。本書に出てくるライバルチーム、石神高校や鳥取白楼高校はトップのリーダーシップもあり、決してバラバラになるようなことはありませんでしたが、それでも最後に勝利を収めたのは、バラバラな出自を持つ大太刀高校相撲部だったわけです。
「てんでばらばら」な人が集まり、それぞれの違いを尊重する、あるいは「面白がる」ことこそが、最強のチームを作る秘訣なのではないか。そんなことを考えさせられた次第です。
(THE21編集部:Y村)
更新:11月23日 00:05