2019年10月05日 公開
2024年12月16日 更新
この連載は、実は小説が大好きで年間100冊以上読む月刊ビジネス誌・THE21の編集長が、作家さんについて、また小説について「ただのいちファン」として僭越ながらその凄さ・魅力を語るものです。
今回取り上げるのは、石田衣良先生の人気小説「池袋ウエストゲートパーク」シリーズ。
なんと2020年にアニメ化が決定したというから驚いた。
キャラクター造形の素晴らしさはアニメ向きだとは思うが、ファンからすると原作が小説で、ビジュアルのイメージは先行してドラマもあるということで、なかなかハードルが高いチャレンジだなと感じる。
(もちろん観るのでぜひともハードルを越えてきてほしい)
何しろ20年以上続く人気シリーズで、私自身も20年来(!)のファンである。
どれくらいのファンかというと、この作品が好きで池袋に結構長いこと住んでいたくらいのファンである。
おかげで大体のシーンで具体的な場所を思い浮かべられるようになった。
西一番街にはマコトの家の果物店があるような気がするし、他にも登場する場所を歩いていると、どこかに誠が、キングが、いるような気がして嬉しくなった。
「池袋の街に登場人物の気配を、息遣いをつい感じてしまう」ーーそんな魅力に取りつかれる作品だ。
小説そのものも人気で、2000年に放送されたドラマの原作としてもあまりにも有名なので、余計な説明は必要はないと思うが、
「まったく知らないけどたまたまこのページを読んでいる」という方がもしいた場合に備え少しだけ説明すると、
本作は池袋を舞台に、西口の果物店の息子であり、トラブルシューターとしても活躍するマコト(真島誠)が、池袋を縄張りにするカラーギャング「Gボーイズ」頭のキングことタカシらの協力も仰ぎつつ難事件を解決し、池袋の平和を守るという物語だ。
基本的に短編集で、単行本(文庫)1冊あたり4話前後収録されている。
何年経ってもいつ読んでも、いまだ続く新しいエピソードを読んでも、変わらないワクワクする気持ちになれる。
むしろ池袋の街の方が変わってしまい、「住みたい街ランキング」の上位に入っちゃったし、ついに西口公園にも新たに何やらオシャレな施設が建設中だ。
個人的には、大都会だけど渋谷や新宿とは違う雑多さで、東急東横線沿線あたりの落ち着いた住宅街を好む人からすると「住むにはちょっと……」とか言われそうなところが好きなので、池袋ラバーとしては一抹の寂しさを禁じ得ない(個人の感想です)。
本作の突出した魅力は三つあると思う。一つは先述のキャラクター造形。
二つ目は、実際に現実で起きている社会問題をテーマに据えている点だ。
非正規雇用問題、シングルマザーの貧困、デート商法、違法ドラッグ、ヘイトスピーチ、ブラック企業……いつだって世知辛く厳しい現実とリンクしていて、圧倒的な臨場感のせいで入り込んで読んでしまう。
そして、私が思う最大の魅力は「マコトの一人称による、抜群にカッコよくて読みやすい文章」だ。
物語は全て、マコトの視点から一人称で語られる。マコトがやるせない社会問題について本音で考えたり、この世の格差について皮肉に考えたり、趣味のクラシックを聴いたり、かと思うと「なあ、あんたもそう思うだろ?」という感じで読者に問いかけてきたり、それが全部流れるように入ってくる。この一人称が、実に絶妙なのだ。
また、アメリカのドラマみたいなちょっと大げさなセリフや描写が出てくるのも特徴的なのだが、これがまた実にハマっていてカッコいいのだ。下記に一例を引用する。
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「真島さんは世界の製薬業界について、どれくらい知識があるかしら」
おれのその方面の知識は限りなくゼロに近い。
「そっちがオレンジとネーブルがどう違うか、しってる程度にはな」
『裏切りのホワイトカード 池袋ウエストゲートパークXIII』 (文春文庫)より
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読んでいて痺れた。なんてcoolなんだ、これこそIWGPである。
(オレンジとネーブルを例に出すのはもちろんマコトの家が果物店で店番もする、いわばそこが本業だからだ。専門分野に専門分野で対抗しているわけである)
ここだけ抜き出すと読み慣れない人にとっては「カッコつけている」「芝居がかっている」とも思われそうなのだが、これくらいのバランスがいいと思える。
物語はまだ続いていて、今も変わらず登場人物たちはみんな、カッコいい。
そして、社会が変化していくにつれ、トラブルの種の種類も変わっていくが、そこに巻き込まれる弱者たちが少しだけ報われる世界がここにある。現実に疲れたとき、ホームに帰ってきたような気持ちになれる特別なシリーズだと思う。
執筆:Nao(THE21編集長)
更新:12月21日 00:05