2017年12月14日 公開
こうした働き方は経営者だからできること、と思うかもしれない。だが鈴木氏は、日本生命に勤務していたサラリーマン時代から、「休息」を優先してきた。
「商売人だった僕の親父が、よく言っていたんです。『世の中に寝ることほどラクはなかりけり。浮世のバカは起きて働け』とね。親父は空襲で自分の店を焼かれ、戦後は商売を立て直すため、夜を徹して働き続けた人でしたから、そんな言葉が出たんでしょう。そんな姿を見て僕は『商売人は大変だ。自分はサラリーマンになってラクをするぞ』と決めたのです。
当時は高度成長期だから、周囲は夜遅くまで働いていましたが、僕だけは夕方5時になったらサッサと退社しました。それでも、仕事の成果は人並み以上にあげていました。
そもそも僕は、何事もダラダラやるのが大嫌いなんです。だから仕事も、常に瞬間最大風速でやる。そのためには、しっかり休息を取らなきゃいけません。特に交渉事は、最後は体力勝負。僕も外国企業のCEOたちと散々渡り合ってきましたが、ビジネスで勝つのは〝運と勘と度胸〟のある人だけ。ぐっすり眠って体力満タン、頭の冴えた状態でなければ、そんな勝負はできませんよ。だから僕は、毎日必ず8時間は睡眠をとっています」
サラリーマン時代の鈴木氏が休む時間を確保できたのは、徹底してムダな仕事を減らしてきたからでもある。
「日本生命にいた頃、会社が当時最新鋭のコンピューターを導入しました。それで計算や分析が行なわれ、毎日膨大な量の紙が出力される。この紙の処理に、数十人の社員が毎晩遅
くまで残業していました。僕はこの業務を担当する部署の係長になったのですが、内容を見ると、会社にとって役に立たないデータがほとんど。念のため確認したところ、やはりまったく活用されていないとわかりました。
だから僕は部下たちに、『こんな仕事、やらなくていいぞ』と言い、やることがなくなった数十人の社員たちを外へ連れ出して、ソフトボールをしたり、あんみつを食べたりして、皆でさぼって過ごしました(笑)。それでも、なんの問題も起こりませんでした」
会社からすれば、「与えた仕事やらない困った社員」と映っただろう。だが、若い頃からムダを徹底排除してきた習慣は、鈴木氏の大きな武器となった。
「経営者のもうひとつの仕事は、『やらないことを決める』こと。僕は社長になった際、5つあった工場を3つに、860あった商品を280に減らしました。これは『売れない商品を作るのをやめる』と決めたからできたことです。
売れないものをやみくもに作って『よく頑張った』と満足するような働き方は、会社にとって一番迷惑。よけいな人件費や物流コストがどれだけかかることか。でも放っておいたら、大抵の人はムダな仕事をするものです。だからこそ『やらないこと』を誰かが決断しなければなりません。
工場や商品を減らす決断に、周囲は大反対しました。それでも僕が確信を持って『これはやらない!』と言えたのは、やはり普段から、休息を兼ねて1人になる時間を作り、考え続けてきたからです。
だから皆さんも『仕事が趣味』なんて言わず、上手にさぼってほしい。僕から見れば、みんな真面目すぎます。優秀な人ほど、メンタルに問題を抱えて潰れていく。それではもったいないでしょう?
リーダーは皆を元気にするのも大事な仕事。そのためには、まず自分が元気でなくちゃいけませんよ」
《『THE21』2017年12月号より》
更新:11月22日 00:05