2017年09月29日 公開
著者の勢古浩爾氏は1947年生まれ。洋書輸入の仕事に従事しながら執筆の道に進み、2006年に退社して執筆活動に専念するに至ったエッセイスト・評論家だ。
本書は、勢古氏が定年後の生活について綴ったエッセイ集の第3弾。定年から最も時間の経った「7年後」の話である。
今、書店でもネットでも、定年後についてさまざまなノウハウやヒントを語るものが増えている。老後資金のつくり方や退社後も働く人々の体験談など、具体的で、それなりにリアリティも感じられるノウハウやヒントが溢れている。
そう、「ノウハウ」や「ヒント」を謳うものは多くあるのだ。
しかし、「老後資金これで安心!」という本を読んでも、「これでバッチリ定年後のオススメ趣味10選」という記事を呼んでも、全然安心もしないしバッチリな気分にもならなかった、という人もいるのではないだろうか。
少なくとも私は、そのような書籍や雑誌を編集する身でありながら、原稿整理をするそばから「これって破産確実ってこと?」な現実に直面したり「定年を迎えてもなおリア充を目指すべきなのか」という疑問に行きついたりしている。
定年後に備えよ系のコンテンツを読んで、「そんなこと言ってもねぇ」とため息をついたことがあるかたは、ぜひ本書を読んでみるといい。
本書の「はじめに」から少しだけ抜粋する。
「さあ第二の人生だ、楽しく生きよう、人の役に立つことをしよう、お金はあるかね、健康は大丈夫か、あと二十年もあるぞ、など、やいのやいのいうなというのである。わたしの定年後の原則はなにをしてもいいし、なにもしなくてもいい、である。」
「『なにもしない』静かな生活はコシヒカリのように滋味があるのだ。」
「『なにもしない』定年後は、もっともつまらない定年後ではない。自分はこれでいいと思えば、それはさまざまにある定年後のあり方のなかの、だれ憚ることのない一つのあり方である。」
もっとも、何もしないと言っても、著者は日常生活の些細な出来事や景色をおもしろく眺める天才であり、それをこうして本にしているので、日がな1日縁側で世を憂えたりしているわけではまったくない。
しかしこんな調子なので、真面目に老後資金のつくり方を学びたいかたや、定年後の趣味を本気で探しているかたは、読んでも「何も得るものがなかった!」と思われるかもしれない。
でも、ノウハウやオススメは巷にたくさんあるけれど、自分の同年代の人が格好つけずに「もう芥川賞も直木賞も関係ない。好きな本だけ読むんだ!」「なんと言おうと懐かしいものは懐かしいんだ!」と断言している(しかも軽妙洒脱な文章で面白い)本というと、そちらのほうが貴重なのではないだろうか。
まるで友人と会って話しているかのような読み心地。こういう本こそが、「誰も俺の話なんて聞いてねぇな」と思ったりする定年後の人々(そしてその予備軍)には、重宝するのではないか。
少なくとも私にとっては「読むと著者に会ってみたくなるタイプの本」だった。人間臭い本はいい。
執筆:MO
更新:11月13日 00:05