2017年09月01日 公開
2023年07月12日 更新
日本を代表するリゾート運営会社・星野リゾートでは、「遊び」や「楽しみ」の中に仕事のヒントを見つけたり、逆に仕事をきっかけとした趣味を楽しんだりしている社員が多いという。そのような「遊びと仕事」の融合の事例を『THE21』の誌面で紹介してきた連載「星野リゾートの現場力」を、今回からオンライン限定連載として継続。第1回は、「星野リゾート 界 加賀」より、地元に伝わる伝統芸能「加賀獅子舞」を受け継ぐスタッフをリポート。《取材・構成=前田はるみ》
石川県山代温泉にある温泉旅館「星野リゾート 界 加賀」では、毎晩9時が近づくと、ゲストが館内のある場所に集まってくる。旅館スタッフがおもてなしの一環として披露するご当地楽「加賀獅子舞」を鑑賞するためだ。
加賀獅子舞は、石川県加賀地方に伝わる民俗芸能。巨大な頭と胴体を持つ獅子を退治する様子を表現している。界 加賀では、独自にアレンジしたオリジナル演舞を披露している。
加賀獅子の獅子頭が登場すると、睨みの利いた風貌と、動きの激しい迫力ある踊りに目を奪われる。
「カーン、カーン」
獅子頭が大きな口を開閉して歯を鳴らすたびに、鋭い音が鳴り響く。最前列で身を乗り出していた子供が驚いて泣き出すと、立ち見客で溢れる会場はたちまち温かな笑いに包まれた。
その日、獅子頭を演じていたのは、この旅館で働く入社2年目の直井優樹さん。スポーツで鍛えた大柄な身体を生かした、ダイナミックな踊りが持ち味だ。演舞が終わると、獅子頭役の直井さんのもとにゲストが集まり、記念撮影が始まった。
すると、地元客だという年配の女性が話しかけてきた。
「昔から見てきた加賀獅子舞を、今日ここで見ることができて、懐かしかった」
加賀獅子舞は、もともと祭りなど祝いの席で披露されてきたが、近年は祭り自体が激減し、地元の人でも目にする機会が減っているのだ。
「加賀獅子舞をよく知る地元の方に喜んでもらえるのが、何よりうれしい」と直井さんは話す。この夜の獅子舞は、この女性客にとっても、ほかのゲストにとっても、思い出深い旅の1ページになったことだろう。
「うわぁ、かっこいい!」
直井さんがはじめて加賀獅子舞に触れたときの感想だ。
彼は大学で観光学を学んだ後、観光の力で地方の魅力を引き出す仕事に就きたいと、星野リゾートに入社した。配属されたのは、2カ月後にリニューアルオープンを控えた界 加賀。そこで先輩スタッフが踊る加賀獅子舞を見た。界 加賀では、ゲストに地域の魅力を紹介する「ご当地楽」に加賀獅子舞を取り入れており、演舞を担当するスタッフを新たに募集していたのだ。
「運動が好きな自分にぴったりだ。私も踊りたい」
直井さんは迷わず手を挙げた。
ただ、「やりたい」と自分から立候補したものの、旅館業務と演舞の両立は容易ではなかった。直井さんは新人として客室や調理などの仕事を覚えるかたわら、演舞の稽古にも励まなければならなかったのだ。
しかも、演舞の稽古は腕立て伏せから始まるという、想像以上に本格的なものだった。5kg以上はある獅子頭を自在に操りながら踊る加賀獅子舞は、体力を要する踊りだ。誰もがすぐに踊れるものではない。
それでも直井さんは、あきらめなかった。踊りへの興味と、この伝統芸能を通じて加賀の魅力をゲストに伝えたいという思いがあったからだ。本番に向けて、2時間の練習が、週2回、約2カ月間続いた。そしてついに、15人の獅子舞演者の一人としてその日を迎えた。
更新:11月23日 00:05