2017年01月14日 公開
2023年05月16日 更新
親の死を連想させるからと、相続の話をできない人は多いはず。次の機会に……と、対策を後回しにしておくと、取り返しのつかない事態に陥ることも。相続に関するトラブルは、資産家だけの問題ではない。そこで、相続問題に詳しい弁護士の長谷川裕雅氏に、相続でモメる事例をうかがった。当てはまる人は、「いざそのとき」に困らないよう、日頃から考えておこう。
「相続問題なんて、わが家とは無関係」。そう思っていたら、思わぬ相続トラブルが発生したり、遺産分割がまとまらず相続税が高額になって愕然とする。相続の現場で、そのようなご家族が数多くいらっしゃいます。
「うちは大丈夫」という過信は禁物。家族や資産状況を見直し、時間の余裕があるうちに対策を打てば、トラブルや経済的損失を回避することは可能です。
まず相続のしくみをざっと見てみましょう。たとえば、父親(被相続人)が亡くなった場合、配偶者(妻)と子供が法定相続人となります。相続分は妻が2分の1、子供が2分の1。子供が複数いる場合は、2分の1を子供の人数で割るのが基本的な法定相続です。
相続財産となるのは、預貯金や有価証券、不動産の他、自動車、骨董品、宝石、ゴルフ会員権なども該当します。
法律であらかじめ相続人や対象となる財産が定められている以上、法に従って粛々と遺産分割をすれば丸く収まるのではないかと思いがちですが、いざお金が絡むと自分の取り分を多く主張する相続人が現われたり、予期せぬ財産が出てきたり、不動産の評価額で意見が対立したりと、家族の中であいまいにしてきたことが、問題として浮上する――相続とはそのような局面でもあるのです。
よく問題になりがちな事例は次のとおりです。
モメる事例第1位は「所有が不明確な財産がある」ケース。たとえば、老後に父が住むマンションを長男が買い、名義は父という場合。父が亡くなったあと、マンションも父の相続財産であると他の兄弟が主張してくる可能性があります。逆のパターンで、息子名義で家を建てたとしても、実際には父がお金を出していることもあります。
第2位は「相続財産が自宅不動産のみ」である場合。両親が亡くなり長男が実家に住み続ける場合、他の兄弟が相続分を主張すれば、長男は兄弟に代償金を払うか、家を売却して現金にして、それを分けなければなりません。
不動産価格次第で代償金の額も大きく変わりますが、不動産価格は相続税評価額と時価がかけ離れることがほとんど。さらに、不動産は流動性が低く、生活の場ともなるので他の資産より税率が低く設けられています。いざ相続税を払う段になったら、不動産を相続した長男はわずかな相続税ですみ、現金を相続した二男には高額な相続税がのしかかってくることもあります。
実家が事業を営んでいる場合も争いに発展しやすいケースです(モメる事例第3位)。後継者となる相続人が他の相続人より多く相続することになるからです。自宅不動産や事業用財産といった現金化しにくい資産を引き継ぐ場合は、兄弟間で不均衡が生じ、争点となる可能性が高いのです。
相続問題は兄弟間で発生することが多いのですが、「うちは兄弟の仲が良いから大丈夫」という人でも、泥沼化するケースがあります。相続の利害関係者は、法定相続人だけにとどまらず、実質的に配偶者も含まれるからです。
たとえば、独身の二男が実家に住み、長男が結婚して家を出ている家族で、父が亡くなった場合、実の親子間では二男に家を譲ろうという暗黙の了解ができていても、長男の配偶者が納得いかないと長男を焚きつけて、家を相続することを主張させる可能性もあります。また、すでに長男が死亡していた場合は、代襲相続で長男の子供が相続権を継承します。長男の子供が権利を主張すれば、二男は長年住んでいた家を出て行かねばならないケースが出てくるのです。
相続問題は「相続人の数×2」の利害関係者が発生するといわれます。ですから、法定相続人だけの問題ととらえずに、家族、親族全体に視野を広げて考える必要があるのです。その際、モメる火種をなるべく残さないように、親世代は現金や現金化しやすい資産を残す、遺言を作成しておく、日頃から誰が後継者なのかを周知させておくなどの段取りをしておくとよいでしょう。
ご家庭によっては、現在の親子関係以外にも、法定相続人が存在する場合もあります。たとえば、夫が再婚で、先妻との間に子供がいる場合。先妻の子は、現在の妻との子と同等の相続分を持ちます。一方、現在の妻に連れ子がいる場合は、夫と養子縁組していなければ、相続人となることはできません。こうした先妻の子や連れ子の存在が相続問題を複雑化させるケースは少なくなく、相続でモメる事例の第4位、5位を占めています。
このようなモメる事例に1つでも該当する要因があれば、早め早めの対策を講じておくことが肝要です。被相続人が認知症などの病気で意思表示できなくなると打つ手がほとんどなくなってしまうからです。時間的な余裕があれば、預貯金や不動産、保険など重要書類の置き場所の確認といった最低限の対策はもちろんのこと、節税や紛争予防のためにさまざまな策を講じることができます。
たとえば節税策として、子や孫に毎年110万円以内の生前贈与を続けることで、預貯金額を減らし、預貯金にかかる相続税を回避する方法もあります。あるいは、保険金は相続財産に含まれないので、財産を多く譲りたい子供を保険金受取人にすれば、その保険金をそのまま取得させることができます。
不動産売却や不動産投資をするにしても、有利なタイミングを待って売買できるので、取引を急いで資産を目減りさせるような事態に陥らず、家族にとってベストな着地点を見出すことができるのです。
相続対策は、家族構成や資産状況、タイミングなどにより千差万別。法的、税務的な手法を合わせワザで講じるオーダーメイドの解決法が必要なのです。ご自分の家族はどのような問題が生じやすいのか、節税の方法はあるのか、相続を得意とする弁護士に一度シミュレーションしてもらうことをお勧めします。
「たいした資産がないから」というのは安心材料にはなりません。家族の利害関係も、結婚や出産、病気など人生の節目で変わっていきます。
問題が表面化する前に、ぜひ親子間で相続について話し合ってみてください。その際、取り分やトラブルの可能性を示唆する言い方ではなく、「うちも相続税(節税)対策をしておいたほうがよいよ」という呼びかけならば、親世代も前向きに行動に移せることと思います。
《取材・構成:麻生泰子》
《『THE21』2017年1月号より》
更新:11月21日 00:05