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星野リゾートの現場力(12)星のや軽井沢の「冬ノ森cafe&bar」

2017年03月01日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

星野佳路氏の視点――スタッフが自由に演じる「舞台」を作る

(以下、星野佳路氏談)

私たちが運営する施設には、元の建物をそのまま活用する再生案件と、建物を新たに建てる新築案件があります。星のや軽井沢は後者で、旧星野旅館を改築して2005年にオープンしました。

新築案件で私たちがやろうとしているのは、建物だけでリゾートの魅力を完結させるのではなく、サービスと合わせて魅力を高める「舞台」をつくることです。その舞台で演じるのはスタッフであり、演目や演じ方もスタッフの自由。ゲストへのおもてなしの発想を生かせる舞台を設計して、ハードとソフトの両面で滞在の魅力を高めていこうという考え方です。

2013年、星のや軽井沢にオープンした夏期限定の「棚田BAR」も、そうした舞台活用のひとつでした。もともと旅館の敷地内に風景としての棚田が作り込んであるのですが、その棚田を活用した屋外バーを現地スタッフがつくったのです。気候の良い季節に、ゲストが昼夜を問わず外で楽しめる場所を提供するのが狙いでした。

そこでは、ゲストはライトアップされた棚田の風景を眺めながらお酒を楽しむことができます。棚田という舞台を使って、施設らしさや地域らしさの魅力を高めることのできる、とてもいい企画だと思いました。

棚田BARはゲストから好評で、たくさんのリピーターの方にも来ていただきました。
より静かなロケーションでゆっくりとくつろいでいただきたいという思いから、昨年、隣接する野鳥の森近くの池のほとりに場所を移し、通年での営業を始めました。季節ごとにメニューや装飾を変え、夏は「森のほとりの涼風BAR」、秋は「湖水月BAR」、冬は「冬ノ森cafe&bar」として営業しています。

 

現場での「事件」が人を成長させる

当時の総支配人のアイデアで始まった棚田BARに、運営スタッフとして抜擢されたのが堀さんでした。彼はお酒、とくにウイスキーが好きで、都内でよくバーを巡っていたようです。棚田BARでお酒を提供するスタッフを探していると聞き、当時のユニットディレクターに「自分がやりたい」と手を挙げたそうです。

ただ、これは総支配人から聞いた話ですが、堀さんはお酒への情熱は人一倍強いものの、カクテルを作るのは苦手だったとか(笑)。堀さんがお酒の仕事に携わり始めた最初の頃は、お酒は好きだけれど、それがゲストへのもてなしにおいて特別な価値を生み出すまでには至っていなかったのかもしれません。

しかし、ある出来事をきっかけに、彼は目覚めました。それまでの堀さんは、周囲に波風を立てるのを避けて、自分の意思を表明したり、やりたいことを主張したりすることはあまりなかったようです。棚田BARの運営を巡って、現場でちょっとした「事件」が起きたことがあったそうで、そのとき彼は自分の考えを初めて主張した、と当時の総支配人が話していました。どうしても譲れない思いがあると、気づいたのでしょう。

その頃また、京都の有名なバーテンダーから直接カクテルの作り方を教えてもらったことも刺激になったのかもしれません。プロの技に触れ、彼なりに得たものがあったようです。

現場での事件や刺激を経験して、堀さんは問題を自分事として捉えるようになり、仕事に対して積極的に関わるようになりました。棚田BARのリーダーとして活躍し始めたのもその頃です。お酒を使った商品開発や、メインダイニングの飲料部門を任されるなど、彼の好きなお酒の仕事が広がっていった印象です。そうやって、本当の意味で好きなことを仕事にしていったのだと思います。

 

《『THE21』2017年2月号より》

著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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