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星野リゾートの現場力(3)界 遠州の「美茶楽」

2017年01月05日 公開
2023年05月16日 更新

星野佳路(星野リゾート代表)

星野佳路氏の視点――「ご当地楽」から生まれる好循環

(以下、星野佳路氏談)

星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」では、地域の文化に触れていただく「ご当地楽」というサービスを行なっています。「界 遠州」のご当地楽のテーマは「お茶」ですが、最初は成功するかどうかまったく未知数でした。静岡と言えば「お茶」ですが、お茶は日本全国どこにでもあります。ご当地楽として魅力的なものになるのか、顧客が興味を持ってくれるのか、私自身もわからなかったのです。

しかし、ふたを開けてみれば大成功でした。伝えるだけの価値ある内容になっていて、活動をサポートしてくださる地域の生産者や職人さんたちがいる。アクティビティへの顧客の参加率が高く、満足度も高い。それが結果的に売店でのお茶の販売につながるなど、いい循環が生まれています。

 

素材の良し悪しよりこだわりと情熱が大事

ご当地楽が成功するかどうかは、素材の良し悪しの問題ではありません。人を引き寄せるのは、スタッフのこだわりや情熱がすべてだと思っています。

「界 遠州」の場合、土井さんのように情熱を持ったスタッフが、お茶の魅力を伝えようとサービスにかなりこだわっています。昨年七月には、お茶をはじめご当地関連の書籍を集めたライブラリーを開設し、そこで自由にお茶選びができる専用コーナーを設けました。お客様のチェックイン時からチェックアウト時に至るまで、お茶の魅力を強烈にアピールする。それらを徹底してやり切った、ということでしょう。

そうするうちに彼らの熱意が周りにも伝播し、いまではスタッフの活動をサポートしてくださる地元の生産者やお茶専門店の方がたくさんいらっしゃいます。地域ならではのお茶文化の魅力を伝えていくうえで、その担い手たちの協力を得られたことが、成功した一番の理由だと思います。

お茶の納入業者の方と話したことがありますが、「界 遠州」のアプローチをとても喜んでくれていました。「ここまでお茶に想い入れを持って取り組んでくれる施設は他にはない」と。売店でも厳選した良いお茶をそろえています。

 

「自主性」と「好き勝手」は似て非なるもの

地域の農産物や伝統工芸の魅力を伝えるきっかけを作る。これが観光の役割だと私たちは考えています。たとえば、フランスワインがこれだけ世界に広がったのは、フランスが観光大国だからです。フランスワインの魅力を伝えるために、観光客を地方のワイナリーに連れて行き、そこでワインを飲んでもらう。そのような仕組みが出来ているのでしょう。

日本でも観光が担うべき役割は同じです。星野リゾートでは、地域の魅力や地域らしさを深く掘り下げ、その魅力を発信することで地域活性化につなげる活動に積極的に取り組んでいます。これこそが私たちの競争力の源になっています。

星野リゾートでは、仕事をスタッフの自主性に任せています。それは、何でも好きなことをやっていいということとは違います。「界 遠州」で言えば、彼らが決めた「美茶楽」というご当地楽に向かう土井さんたちのエネルギーを、会社の競争力に生かしていくことです。成功するかどうかはわからなくても、とにかくやってみる。楽しみながら試行錯誤することが大事です。

最近は、土井さんのように地方創生に興味を持ち、観光業界を目指す若い人が増えています。観光が地域に貢献できることは何かを考えながら仕事に取り込み、観光が地域に貢献している実感を得ながら仕事をする。そこに楽しさを見出してもらえたらと思っています。

 

《『THE21』2016年3月号より》

著者紹介

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート代表

1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。日本航空開発(現・JALホテルズ)に入社。シカゴにて2年間、新ホテルの開発業務に携わる。89年に帰国後、家業である㈱星野温泉に副社長として入社するも、6カ月で退職。シティバンクに転職し、リゾート企業の債権回収業務に携わったのち、91年、ふたたび㈱星野温泉(現・星野リゾート)へ入社、代表取締役社長に就任。

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