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「残業しなくても成果は上がる」は本当か?

2016年12月11日 公開
2023年05月16日 更新

坂本光司(法政大学大学院教授)

 

「有名なのは岐阜県の未来工業です。社員数約1,000人で残業がゼロ。残業禁止よりも厳しい『残業したら罰金』という制度まで作って残業ゼロを実現しています。

 もともと未来工業の就業時間は8~17時でした。それが、『朝はもうちょっと遅いほうがいい』という社員の声で8時半始業にしてみた。社長は『うまくいかなかったら戻せばいい』と考えて実施したのですが、まったくアウトプットは落ちませんでした。次に、また社員の要望で終業を16時45分にしたところ、やはり何も問題が起きない。むしろ、社員同士が助けあい、仕事をスムーズに進めるための工夫が活発化したということです。新商品も、改良・改善を含めると年間1,000件も生まれています。

 サービス業では、愛知県のたんぽぽ介護センターの例があります。デイサービスなどを運営しているのですが、ご存じのとおり、介護は離職率が高くなりがちな業種です。そんな中、たんぽぽ介護センターは法定基準の1.2~1.3倍の人員を配置することで残業をほぼゼロにし、離職率を低くしています。

 人員を増やせば、当然、不採算になると思うでしょう。ところが、働きやすい環境の中でスタッフが良質なサービスを提供するので、リピーター率が高い。しかも、口コミで利用者が増えるので広告宣伝費がかからない。そのため、残業をせず、しかも収益をアップさせることに成功しているのです」(坂本氏)

 

「残業ゼロ」実現のため経営者は意識改革を!

 未来工業とたんぽぽ介護センターの例を見てもわかるとおり、残業削減によって業績を向上させるポイントは、他社にはない高い競争力を獲得することだ。そのことを踏まえて、坂本氏に、残業削減を成功させるための手順を教えてもらった。

「まずは、経営者が『労働時間を短くすれば売上げが下がる』という幻想を捨てることです。これが踏み出せない経営者が多い。『儲かるようにするためにこそ労働時間を減らす』という発想に変わらなければいけません。

 そのうえで、中長期ビジョンを立てること。月20時間の残業を1年でゼロにしようとすると経営がおかしくなりますから、3~5年計画で、ゆっくりと着実に、残業ゼロに向かうことです。

 そして、社風を変える。仲間意識と助けあいの姿勢が社員にないようでは、残業ゼロは難しいからです。

 社風を変えるうえで大きな役割を果たすのが、経営陣や幹部社員の言動です。たとえば大阪の天彦産業という会社では、子供の入学式のために休みを取ろうとした社員に『会社に出てくれないか』と頼んだ上司を社長が叱ったそうです。今では社員同士で『明日は参観日だろう。休まなくていいの?』と言いあうようになりました。自分が休むときに代わりをしてくれる人がいないと困るので、仕事のノウハウの共有も進んだといいます。

 また、受け身の姿勢の会社だと、顧客が『明日の朝に資料を持ってこい』と言えば残業するしかありません。顧客にわがままを言わせない、『わが社がなければ顧客が困る』という会社になることも重要です。

 下請け構造があることも、日本に残業が多いことの大きな要因。とくに取引きのほとんどが1社に集中している下請けだと、残業削減は至難の業。取引先を増やしたり、下請けから脱したりする努力が不可欠です。

 最後に、『腹八分経営』をすること。8割操業でみんなが食べていける経営です。余力を2割残しておけば、緊急時でも残業をせず、余力で対応できます」(坂本氏)

 

仲間を大切にすれば、いつか自分に返ってくる

 以上は主に会社側がすべきことだが、坂本氏は、社員が個人としてできることも教えてくれた。

「個人の成長の総和が会社の成長。まずは社員1人ひとりが『あの人でないと』と言われる高付加価値の人材になるように努力することです。

 もう1つは『利他の心』を持つこと。たとえば、仕事ができない人がいて、自分がその仕事のノウハウを持っているなら教えてあげる。そのために一時的に自分の生産性が落ちるとしても、他人を助けたことが巡り巡っていつか自分に返ってきます。

 自分がいつ倒れるか、いつ病気になるか、わかりません。1人が抜けても誰もその穴を埋められない会社では、顧客に迷惑をかけるし、残業ゼロも実現できません。

 経営者は社員とその家族を大切にし、社員は顧客の満足度を高めるためにも仲間を大事にする。それでこそ残業ゼロが実現できるのです」(坂本氏)

 編集部の調査では、「残業削減の効果として最もメリットが大きいと思うこと」も聞いた(グラフ7)。結果は、過半数が「プライベートの充実」。次いで「健康状態の改善」が多かった。ともに、幸せな人生のために不可欠なことだ。

 勤めている会社によって残業削減にどれくらい本気で取り組んでいるかはまちまちだろうが、今回の総力特集を参考に、それぞれの職場で個人として実践できる残業削減のための工夫をしていただき、ぜひ豊かな人生を送っていただきたいと思う。

 

《取材・構成:川端隆人 写真撮影:まるやゆういち》
《『THE21』2016年12月号より》

著者紹介

坂本光司(さかもと・こうじ)

法政大学大学院政策創造研究科教授

1947年、静岡県生まれ。浜松大学教授、静岡文化芸術大学教授などを経て現職。徹底的な現場派で、現在も週平均2日は研究室を飛び出し、年間約150社を訪問。これまでに訪問調査・アドバイスをした企業は7,500社以上。専門は中小企業経営論、地域経済論、福祉産業論。ベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)など、著書多数。

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