2016年11月15日 公開
2023年05月16日 更新
では、ポップかどうかの判断は、どうすればできるのか。それは自分の感覚を信じるしかありません。自分が「これはいい!」と思うモノと、みんなが「これはいい!」と思うモノとは一致するだろうと考えて判断するわけですが、それでうまくいくこともあれば、失敗することもあります。大切なのは、その都度、「なぜ一致したのか?」「なぜ一致しなかったのか?」を考えることです。
同時に、自分の感覚を鍛えることも必要です。とくにデザインは「美しさ」に関わりますから、美しいモノを他人よりもどれだけ多く見ているかが重要。当社のデザイナーが行き詰まっているときは、「外に行ってこい」「街に出て、いろいろなモノを見てこい」と声をかけています。
私は、意識的にしているわけではないのですが、美しいモノはもちろん、ごく普通に目に入ってくるモノも他人よりもしっかりと見ています。
たとえば、歩行者用信号機の上にはバネがついているものがあるので、なんのためについているのか気になっているのですが、その話をすると、ほとんどの人はバネの存在に気づいてすらいません。
ただし、いろんなモノを見ることが重要だとはいっても、家電量販店に行って他社製品をチェックすることはありません。以前は営業活動で行くことがありましたが、モノ作りの参考にするために行ったことはありません。
大手家電メーカーには家電量販店によく行かれる方もいるようですが、いくら、今、売れている商品を見たところで、そこから生まれるのは横並びの商品にすぎません。私たちはそもそも横並びの商品を作ろうとは思っていませんから、売れ筋商品を見る必要がないのです。
逆に、私たちが世に送り出した扇風機やトースターと似た商品を他社が次々と作って、より安い価格で販売することはよくあります。それで売上げに影響が出るので迷惑をする面もありますが、真似されること自体は嬉しく感じています。
だって、音楽を始めたばかりの人たちが最初にするのは何か、考えてみてください。たいていは偉大なミュージシャンの曲のコピーです。ですから、他社に真似をされるということは、偉大なミュージシャンだと認められるくらい、とても名誉なことなのです。
もちろん私たちも、弁理士と相談して、特許を取るなどの対策はしています。ただ、かかる労力に比べて得るものが少ないな、というのが正直なところです。
特許というのは、クリエイティブが終わったものを守り、利益を最大化するためのものですが、そのために多くの労力を割くよりも、次のクリエイティブに力を注いだほうが、はるかに大きな利益が出るのではないかと考えています。
繰り返しますが、クリエイティブとは工夫のこと。工夫のないところに利益は生まれません。工夫こそが利益を生み出す唯一の源泉です。
では、当社では、どのようにしてクリエイティブな商品を開発しているのか。
最初のコアデザインを考えるのはたいてい私です。しかし、それを詰めていくのは、クリエイティブチームとデザインチームと私とが一緒になって行なうディスカッション。何度も繰り返すことで、核になるワードや概念を決めていきます。
『BALMUDA The Toaster』の場合は、「パリの街角のパン屋」などのワードがディスカッションで出てきました。それをもとにデザイナーが具体的なデザイン案を作ります。夢のような、現実性のないデザイン案を作っても仕方がありませんから、デザイン案を作る前の段階で技術は完成させています。
1年くらいかけて2,000ほどのデザイン案を作り、その中から「これは!」というデザインを選んでいます。
以前は、デザインをする作業をデザイナーに任せず、私が自分でやっていました。しかし、デザインをすることよりも、デザインを選ぶことのほうが社長として大切な仕事だと気がついてからは、自分ではやらずに、任せるようになりました。
自分でデザインをすると、どうしてもその対象物のことばかりを考えますから、知らず知らずのうちに視野が狭くなってしまうのです。すると、社長として本来見るべき顧客が見えなくなってしまう。顧客のほうを見ながら、その視点でデザインを選ぶことこそが、社長の仕事です。
こうした過程を経て商品ができあがるわけですが、この仕事をしていて一番嬉しいのは、何カ月もかけてあれこれやりながら「なんか、うまくいかないなあ……」という日々が続いたあと、突然、「これだ!」という案が出てきたとき。それを私は「クリエイティブが花開いたとき」と呼んでいます。そのときは最高ですね。
私たちの商品を使っていただいた顧客から「素晴らしいですね!」というようなお褒めの声をいただいても、傲慢に聞こえるかもしれませんが、それほど嬉しくありません。「そりゃそうだろう。そういうふうに作ったんだから」という感じです。「想像していた顧客の喜ぶ姿が現実になった」という嬉しさはありますが、「クリエイティブが花開いたとき」ほどのものではありません。
これからも、社員と考え、ディスカッションをして、素晴らしいクリエイティブの花を咲かせ、素晴らしい「体験」をみなさんにお届けしたいと思っています。
【第3回】へ続く
《取材・構成:桑原晃弥 写真撮影:まるやゆういち》
《『THE21』2016年11月号より》
更新:11月22日 00:05