2016年11月04日 公開
2023年01月23日 更新
第155回芥川賞を受賞した著者。受賞作のタイトル『コンビニ人間』も非常に印象に残るが、本書はそれ以上だ。命を奪う行為である「殺人」と、命を生み出す行為である「出産」。それらをつなげたこのタイトルとはどういう意味だろうかと、読む前から考えてしまう。
舞台は近未来の日本。妊娠・出産に関する医療が発達し、人工授精が簡単にできるようになったその時代、日本では「10人産んだら、1人殺せる」という「殺人出産システム」によって人口を保っている。主人公の姉は10代にして「産み人」になっていて、いよいよもうすぐ10人目の出産を控えている……というストーリー。
「殺意」こそが命を生み出すための原動力となる社会。誰もが「産み人」になる権利があり(男性も人工子宮によって妊娠・出産ができる、という設定)、それと同時に「産み人」による殺人の対象(「死に人」と呼ばれる)として殺される可能性もある。
作中では、本人ではなくその親が恨まれていたために「死に人」に選ばれる人なども出てきて、非常に理不尽に思える。ほとんどの読者は狂気を感じるだろうし、この社会は人命が粗末に扱われる世の中なのだと、恐怖を覚えるだろう。
しかし、実はこの社会では「いつ『死に人』として殺されるかわからないから、みんな命を大事にする」ため、「自殺が激減した」という描写もある。妙に説得力があり、なるほど、そういうこともあるのかもしれないと感じてしまう設定だ。この辺りの書き方が絶妙なバランスで、何が正しく、何が間違っているのかがわからなくなってくる。
このように、著者の小説には、既存の価値観に疑問を呈するような作品が多い。我々から見れば「狂った」ような制度を当然のように受容し、その中で適応して生きている登場人物を見ていると、読み進めていくうちに「ひょっとして自分のほうがおかしいのではないか」という気持ちになってくるのだ。
私自身は、小説は純粋なエンターテインメントとして楽しんで読むことが多いが、著者の作品は嫌でも「もし、自分なら」と考えさせられてしまい、読み終えた後には心がざわざわする。そのこともまた、大きな魅力になっている。
執筆:Nao(「小説」担当)
更新:11月23日 00:05