2016年10月25日 公開
2021年08月23日 更新
――最近は地方自治体の仕事を多くされていますね。
村松 「プロジェクションマッピングをしてほしい」という連絡をいただくことが増えたのです。でも、行って話を聞いてみると、「プロジェクションマッピングじゃなくてもいいんじゃないか」と思うことが多いんですね。要は誘客が目的だったりする。そこで、「2日間のイベントでこれだけのお金を使うよりも、あとに残るもののほうがいいんじゃないでしょうか。それには、こうやりましょう」と提案をさせていただいたりして、コンサル的な仕事になってきています。我々はクリエイティビティの会社で、手法はなんでもアリ。そのクリエイティビティで課題解決をしているわけです。
――具体的には、どういうことをされているのですか?
村松 「未来創造プロジェクト」という名前でやっているのですが、たとえば僕の出身地である大阪府堺市では、地元の高校生と一緒にプロジェクションマッピングの制作をしました。
はじめは、世界遺産登録を目指している大山古墳のプロモーションも兼ねて、博物館の前でプロジェクションマッピングをやってほしいという話でしたが、それでは東京や大阪の中心でやるような効果は得られないだろうと思ったんです。そこで、「僕のショーを上演するのではなく、堺の次世代を担う子たちと一緒に作品を作る教育プログラムにしましょう」と提案しました。
その結果、「堺の高校生が、堺出身で東京駅のプロジェクションマッピングを手がけたアーティストと一緒に、堺の未来のために、堺を題材にしたプロジェクションマッピングを作る」というワークショップが面白いということで、NHKと関西テレビに追いかけてもらえました。おかげでプロモーション効果が高くなりましたし、ショーの意味あいも深まって、堺市民の「自分たちの街を盛り上げよう」という気運も高まりました。
『SAKAI NIGHT MUSIUM』
気仙沼の高校生ともワークショップをしました。その高校の校舎は津波で流されてしまって、プレハブの仮設校舎で授業をしていたんです。入学から卒業まで、仮設校舎しか知らない生徒が出てきて、校長先生が「生徒たちに校舎の思い出を何か残してあげたい」と泣いていらっしゃると人づてに聞きました。そこで僕は、「これからの気仙沼を作っていく子たちと一緒に、プレハブの校舎を日本一の校舎にしよう」というプロジェクトを提案しました。プレハブの校舎に高校生が作ったプロジェクションマッピングを投影し、卒業生に「自分たちの校舎が最高だった」という思い出にしてもらう卒業イベントです。
次世代の子たちが、何を考えて、何を見せたいと思って、何を作ったのか。これが何よりも重要だと思っています。そのメッセージは、地元の人に見てもらったり、ニュースで報道されたりして伝わっていく。これは「村松という人がよそからやってきてプロジェクションマッピングをやった」というのとは全然違います。僕は気仙沼の人間ではないし、これから気仙沼で生きていくわけではありません。気仙沼で生きていくのは、彼らなのです。
気仙沼での『日本一の校舎プロジェクト』
堺には堺の未来創造があり、気仙沼には気仙沼の未来創造があるわけです。それぞれの場所に、それぞれの未来創造がある。地域ごとに違った過去や現在があり、違う課題があります。だから、作るべき未来も地域ごとに違うのです。
――企業のクライアントとは、どのような仕事をされているのですか?
村松 結局、クリエイティビティで課題解決するということは同じです。
失われた20年の間、日本の企業はひたすら合理化を進めてきました。それなのに、iPhoneのような製品が現われたら一気に負けてしまう。あるいは、売れても利益が出ない構造になってしまった。だから今では合理化の限界を感じていて、これを突破するには創造性が必要だと思うようになっています。しかし、創造性が急に高まることはありません。
そこで、我々に創造性を期待していただいています。技術などのリソースを見せていただいて、R&Dを一緒にやるケースが多いですね。
――最後に、これからとくに注力される事業をお教えください。
村松 我々は変化し続けるので、これと決めているものはありません。ただ、街づくりの仕事は多くなっていますね。僕は「日本一の星空の村」である長野県阿智村のブランディングディレクターも務めていて、村の方々と一緒に10年後までの村おこしの絵を描いています。地方創生の大成功例になりつつあるので、ぜひ楽しみにしていてください。
《人物写真撮影:まるやゆういち》
更新:11月22日 00:05