2016年02月28日 公開
2022年12月15日 更新
ビジネスマンが「第一印象」を問われるとき。それは未知の人物との交渉という「勝負時」に他ならない。売り込み、調整、出資依頼、いかなる初対面も相手の「YES」が最終目的となる。キヤノン電子㈱取締役社長・酒巻久氏は、国内外問わず、数々の大物たちからの支援や協力を引き出してきた。そんな酒巻氏が「初対面」の際に心がけてきたこととは?
ビジネスマンなら誰しも、大事な相手との初対面では「第一印象を良くしたい」と考える。そのために外見を整え、明るい表情を作る、といった工夫もするだろう。しかし「それは最重要事項ではない」と酒巻久氏は語る。
キヤノン在籍時は技術者として、現在はキヤノン電子の経営者という立場で数々の交渉の場を経験している酒巻氏は、初対面の成功の秘訣をどう捉えているのだろうか。
「小手先の印象操作にさほど意味はありません。服装や礼儀、所属する組織の信頼性といった要素も大事ですが、本当に重要なのは『何を語るか』です」
話の中身で相手を動かせるか否か。それは「説得力の有無」とも言い換えられる。
「では、その説得力はどこから生まれるか。その答えは『熱意』です。自分の成し遂げたいこと、それによって起こる良い結果、そしてその根拠を、情熱を持って語ることです」
熱意と同じくらい大切なのが「誠実さ」だと語る酒巻氏。しかしそのイメージは、通常この言葉から連想される堅実さや従順さとは意味が違う。
「誠実さとは、相手に忠誠心を見せることではありません。相手の意に沿うことばかり考えるのではなく、時には『この案を採用しないなら、他に持って行きますよ』という強気も見せる。相手に対してではなく、自分の目的に対して忠実であること。それが結果的に、その人物の揺るぎない信頼性の証となります」
ただし、その姿勢で臨んで「初回のみ」で勝ちを得るのは難しい。協力が得られないときは2度、3度と当たっていく必要がある。その好例が、近年同社が推進している宇宙開発における交渉だ。
「我々が宇宙開発に着手する際に障壁となったのは、民間企業が宇宙開発を行なう際に必要な国内ルールが未整備であったことです。このため、関係省庁に法整備をお願いしたのですが、当初はこちらの覚悟に対して半信半疑でした。
しかし、粘り強く回を重ねて陳情するたびに多くの話ができるようになり、先方の対応にも熱意と手ごたえを感じるようになりました。
最終的には、内閣府、文科省、経産省などの関係省庁が陳情を聞き入れ、法整備に着手してくれました」
こうした複数回のアプローチの必要性は、「初対面は重要でない」ことを意味するものではない。初回でなんの印象も残せなければ、2度目のチャンスを得ることさえできないからだ。
「初対面は、次回に向けて風穴を開ける機会。だからこそエネルギッシュな熱意が必要です。私たちも、日本の宇宙産業の競争力の低さと、法整備によって広がる可能性を熱く語りました。それが次に広がったのです」
このような真剣さと接したとき、相手側には何が起こるのだろうか。そこには、一種の「情熱の伝播」があるという。
「支援を求める相手は、多くの場合『成功者』です。つまり、自分も若き日に夢と大望を持ってチャレンジをした人です。そうした人物は、熱意ある者にかつての自分を重ねます。周囲の理解を得られぬ中、あきらめず奮闘した経験なども蘇るでしょう。その記憶が心に火をつけ、『応援しよう』という気持ちを起こさせるのです」
情熱と夢が共感を生むとすると、そこでは目先の利益を超えた大きな視点が必要となる。
「成功者が着目するのは損得や儲け話ではなく、そのプランがもたらす社会的意義。世の抱える問題を解決できるか、といった話に心を動かされるのです。それを踏まえると『どう語るか』も見えてきますね。プランを実現することで世に起こる変化を語る。そこから広がる大きなイメージを共有したいところです」
なお、これらに加えて不可欠な要素として、酒巻氏は「タイミング」を挙げる。
「相手の中である程度、こちらと同じ意識が醸成されていなければ協力は得られません。前述の宇宙開発に関する法整備の話も、相手がその必要性を薄々感じていた時期だったからこそ成功したのだと思います。これは相手側の問題ですから、ある意味『運』とも言えます。とすると、同じ相手への複数回のアプローチだけではなく、複数の相手にアプローチし、運試しの『数を打つ』ことも考えるべきでしょう」
ひるがえって、酒巻氏自身が相手の人物を判断する際は、どこに着目するのだろうか。
「当然、熱意は最重要項目。加えて『優しさ』、他者の立場に立てるか否かも重視します。とりわけ開発者にはこの資質が不可欠。消費者が何に困っていて、どんな商品があれば解決できるかを見通せなくてはいけないからです。言動の端々に周囲への気遣いが感じられる人物は高く評価しますね」
しかし、優しさは真偽を見分けるのが難しい、とも語る。実際、初対面時から細やかな配慮を示した人物を重用して失敗した経験もあるという。
「開発の部長職に任命したものの、それ以来良い商品が出なくなったのです。その人物が部下にいい顔を見せたいがために統制を怠っていたからです。『自分が良く思われる』ための偽の優しさだったとわかり、任を解かざるを得ませんでした」
優しさの動機が真に利他的精神にあるのか、エゴに基づくものかを第一印象で判断することは事実上不可能だ、と酒巻氏。
「ですから、まずは試しに仕事を与えて様子を見、結果と照らし合わせることにしています。数回チャレンジさせて結果が出なければ、こちらの第一印象が違ったということですね」
判断者はこうしてチャンスを与えながら検証を続ける。チャレンジする側もそれに応えなくてはならないが、この関係も、「初回」を突破できなければ始まらない。
「優しさも、熱意と同じく『二度目のチャンス』を拓くもの。ですから初回は相手にそれを印象づける。そして後々、その真偽は必ず問われますから、自分の中でそれが本物かどうかを意識することも忘れてはなりません。
仕事を通して何がしたいか、世の中にどう貢献したいのか。そこにゆるぎない信念があれば、信頼の獲得と持続、その双方が可能となるでしょう」
取材・構成 林加愛 写真撮影 まるやゆういち
『THE21』2015年12月号
更新:11月25日 00:05