向かうところ敵なしのように見えた安倍政権。「二度目の総理」ゆえの大胆かつ緻密な政権運営を展開し、菅官房長官とのタッグで官僚・閣僚・マスメディアを巧みにコントロールしていた。だがそうした「強さ」は本物だったのか。
日本を代表する政治学者が、戦後政治史の中に安倍政権を位置づけ軽やかな語り口でその実像に迫った書『安倍政権は本当に強いのか』より、その一節をここで紹介する。
※本稿は、御厨貴著『安倍政権は本当に強いのか』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです
2015年に日本は「戦後70年」を迎えました。安倍総理にとっては、今年こそ自らの信条とイデオロギーをかける年となるでしょう。安倍政権は終戦記念日に合わせて「戦後70年談話」を出す予定です。
「歴史認識」「靖国参拝」「集団的自衛権」という信条体系3点セットに「憲法改正」がはっきりと加わり、安倍政権が掲げた「戦後レジームからの脱却」を目指した動きがいよいよ具体化することになります。
しかし、この「戦後レジームからの脱却」というキャッチフレーズですが、「戦後日本」から脱却して、どこへ行こうというのでしょうか。あるいは「日本を、取り戻す。」という安倍自民党のキャッチコピー。取り戻す日本が、いったいどこにあるのか。かつての「強い日本」というイメージはわかりますが、実際のところ何を指すのかよくわかりません。
かつて作家の赤坂真理がこのことについて、こんなエッセイを書きました。
「日本を、取り戻す。」という自民党のコピーがある。どんな日本を、かと思っていた。明治を、だとある時気づいた。2つの戦争に勝った「強い明治」。しかし明治とは、それまでの国も生活様式も、壊してつくったものではないのか。私たちは今でもそのひずみの只中にあると思うのだが。(2013年8月13日付朝日新聞)
明治日本といえば、女性が虐げられている日本。そこへ戻れと言うのか?というわけです。
安倍さんは具体的に「取り戻すべき日本」を説明できないはずです。説明すれば、今よりも断然、自由がない時代の日本になってしまいます。
あったはずの日本。幻想の日本。アベノミクスの行く末さえわかりません。「日本が元気になる。まだ道半ば」とばかり言っているだけで、ではゴールインしたらどうなるのか。
「憲法を改正する。そして強い日本にする」と安倍さんは言います。しかし、憲法改正の先に本当に強固な日本の国家像を描いているのかといえば、やはり大いに疑問です。
そういう意味でも、安倍さんの長期構想は、この国をどこにどう持っていくのかが判然としないのです。
安倍政権が長期に継続することによるメリットはあります。とくにそれは外交面です。
安倍さんは政権2年で国際会議に出たときに、ようやく自分の意見を主張し、それに他国の首脳が耳を傾けてくれるようになったと話しています。これから3年、4年続けば他国の首脳とも本格的な議論ができる。そうして初めて日本が国際的なリーダーシップを取り、日本のプレゼンスを示すことになる――。
確かに1年で交代する総理を国際社会は相手にしてくれません。安倍さんがこの2年間、すごい勢いで海外を飛び回り、行く先々で経済協力や支援を約束して友好関係を結んできています。その面は国際社会から高く評価されています。
長期政権は国際関係が初めて実質化するという側面を持っています。そういう意味では、安倍さんが最良の外交官であり外交総理であることは間違いありません。
しかし、これとて次の総理が長く続くという保証とはならず、安倍さん1代の話です。つまり1代年寄。伝統的に継承する部屋にはなりません。この継続性の欠如が、現在の安倍政権が直面する困難です。
つまりここでもやはり先がまったく見えない。
国家の未来像などと言い出すと、自民党分裂の元になる。あるいは未来を語ろうとしないのは、語る未来がどっちに転んでも楽しくもうれしくもないからでしょう。年金保険にしても医療保険にしても制度そのものが破綻しようとしています。1000兆円を突破した国債残高も解消の抜本的手段は見えません。
語るべき未来像を持たないまま、2度目の信任を受けた安倍政権は、否応なくいよいよ憲法改正の手続きに着手することになります。
更新:11月23日 00:05