2013年09月30日 公開
2023年09月28日 更新
《『THE21』2013年10月号より》
「攻めのカン」「守りのカン」の両方が必要だ
先進国でヘルシーな食事をとると、自動的に開発途上国の子供たちに学校給食がプレゼントされる仕組みを運営するNPO「テーブル・フォー・ツー」。同団体を創ったのは、マッキンゼー出身の社会起業家、小暮真久氏だ。ビジネスの最前線で求められる仕事のカンと、社会起業におけるカンには、何か違いがあるのだろうか。<取材構成:村上敬/写真:まるやゆういち>
「“カン”といっても、2つの意味があると思います。1つは、新しい事業を興したり新しい商品を開発したりするときのカンです。将来のことは誰にも確実なことが言えません。そのため、自分なりに未来を描いて判断しなければいけない。このときのカンは、直感やひらめきに近い。新しいものを創るという意味で、攻めのカンです。
もう1つは、業務を円滑に進めるのに必要なカンです。仕事には、たとえばこれまで3人でやっていたのに、ここを工夫すれば1人でできるようになるというポイントが潜んでいます。それを見抜くのが、仕事の勘どころ。こちらは、いわば守りのカンです。
攻めのカンは、社会起業においても重要です。たとえば開発途上国の支援をするとき、相手が求めるものを見抜いたうえで支援しなければ、単なる押しつけになってしまう。私たちは学校給食にプラスアルファして、学校に菜園をつくったり給食室を改善したりしていますが、それらも相手のニーズを探ったうえで捷案しています。
寄付を集める先進国側に対しても同じです。社会貢献するモチベーションは企業によって違います。『社会的にいいことだからやってみませんか』はダメ。企業の本業に絡めた形で提案するなど、相手のニーズを見抜いたうえでアプローチしなくては企業も動いてくれません。このあたりのカンは、一般企業の場合と変わらないと思います」
では、守りのカンである仕事の勘どころについてはどうだろうか。ボランティアに支えられているNPOは、どちらかというと経営効率よりも中身優先のイメージがあるが、小暮氏は「むしろNPOこそ勘どころが必要」という。
「NPOは人や資金などのリソースが限られているので、徹底して効率化しないと業務がうまく回りません。テーブル・フォー・ツーでは、へルシーな食事を導入する企業にアカウントを作ってもらい、申し込みから報告のところまですべてオンラインでできる仕組みを構築しています。この仕組みは協力企業から高い評価をいただいていますが、そもそもは自分たちの人手が足りず、IT化できるところはITに任せようという発想で作ったものです。人が少ないので、勘どころを発揮して業務を効率化せざるを得ないのです。
かつてのNPOは理想主義、原理主義の色合いが強く、業務を効率化しようという意欲は低かったと思います。もちろん思想の部分はすばらしいのですが、運営の部分をうまくやらないと活動が継続できなくなり、せっかくの理想も実現できなくなってしまいます。それを踏まえて、いまはプロが回す社会貢献の時代になりつつある。今後は社会貢献活動においても、業務を回す勘どころがますます重要になってくるはずです」
社会起業で攻めのカン、守りのカンを発揮している小暮氏だが、それぞれのカンは、いつどこで磨かれたものなのか。小暮氏は、次のように振り返る。
「新しいものを創るときに必要な直感やひらめきは、経験や人とのつながりから生まれてきます。ただ、人と同じ経験をするだけでは、似たり寄ったりのアイデアしか生まれてきません。時代を切り開く直感やひらめきは、既存のレールをいかにはみ出したかによって決まるのです。
その点でいうと、僕は学生時代からはみ出し者でした。在籍していた理工学部ではエンジンの研究が花形でしたが、僕は人工心臓を研究テーマに選択。しかもそのために自分が所属していた研究室ではなく、他の研究室の先生に師事しました。おそらくそんなことをしたのは理工学部でも僕1人だったのではないでしょうか。
アメリカ人と一緒に勉強したくて国際部の授業を聴講したときも、ルールを破りました。本来は試験を受けて合格しないと聴講できないのですが、僕はモグリで授業を受けた。ルールを破ることを推奨するわけではないのですが、既存の決まりを飛び越えて人と違う経験をしてこそ、新しいものをつくるカンが磨かれていくのではないでしょうか」
一方、守りのカンである業務の勘どころを磨いたのはマッキンゼー時代だ。小暮氏はマッキンゼーから映画会社に転職したが、マッキンゼーなら1日で終わらせていた仕事も、映画会社では1週間の猶予を与えられた。それくらいマッキンゼーの仕事量は多く、自然に仕事のカンが磨かれたという。
「大量の仕事をこなさなくてはいけないときは、作業の分類を意識していました。たとえば製薬会社のマーケティングが必要だとします。その調査のためには、現場の医師が何を考えているのか、患者さんにどのような効果が出ているのかといった情報が必要です。ただ、必要な情報を順番に集めるのは非効率。そこで、これは医師にインタビューすべき情報、これはデータを引っ張ってくれば済む情報というように、調べ方ごとに作業をまとめるのです。
作業をまとめると、医師に何度もインタビューに行くという無駄な手間を省けるし、医師のインタビューはセッティングに時間がかかるから早めにアクションを起こそう、などといった判断もできます」
作業を分類してやるべきことを決めるやり方は、カンと対極にあるロジカルなアプローチに見える。しかし、「ロジカルなアプローチも、カンが悪い人がやると精度が一段落ちる」という。
「大切なのは肌感覚です。頭の中だけで考えたダンドリは、実態を反映していないズレたものになりがちです。現場の人から見て、『あの人、わかってないな』と感じるのは、だいたいこのパターンです。一方、カンのいい人は、自分でひととおり経験をして現場の肌感覚を身につけたうえで、ロジカルにやるべきことを決めていきます。コンサルタント時代には、製薬会社のマーケティングのために、病気でもないのに薬を飲んで味を確かめていた先輩もいました。これは危険なのでやってはいけないのですが、そこまでやるからこそ肌感覚が身につくのでしょう」
(こぐれ・まさひさ)
TABLE FOR TWO international 代表
1972年生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、オーストラリアのスインバン工科大で人工心臓の研究を行なう。1999年、同大学修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社に入社し、幅広い業界のプロジェクトに従事。2005年、松竹〔株〕入社、事業開発を担当。経済学者ジェフリー・サックスとの出会いに感銘を受け「TABLE FOR TWO」プロジェクトに参画。2007年、NPO法人TABL EFOR TWO Internationalを創設。著書に『20代からはじめる社会貢献』(PHP新書)など。
<読みどころ>
仕事ができる人と言うと、「コミュニケーション能力の高い人」「アイデアの出せる人」など、さまざまな条件があります。しかし、すべてに通じる条件の一つとして「カンのよさ」があるのではないでしょうか。“カン”がよければ、正しく問題を発見し、潜在ニーズに目をつけ、チャンスをつかむことができるはずです。そこで、今月号の特集では、各分野のプロフェッショナルの方々に、仕事のカンの磨き方を伝授していただきました。
更新:11月27日 00:05