2013年07月02日 公開
2022年12月21日 更新
《『THE21』2013年7月号より》
プリン体ゼロの健康的な焼酎割り飲料として、若者や女性の支持も得てブレイクしたホッピー。その躍進をリードしたのが、ホッピービバレッジ〔株〕代表取締役社長の石渡美奈氏。先代の父の跡を継いだ3代目社長だ。
その石渡氏が習慣にしているのは、社員に直筆の手紙を書くこと。「手紙を見せるのは恥ずかしい……」という石渡氏を説得し、実際に送った手紙を見せてもらった。記事後半に掲載した写真がそれだ。ポストカードに、メッセージが手書きで綴られている。
「読みづらいので、なるべく短文でまとめようと思っているのですが、書いていると次々と伝えたいことが出てくる。ハガキなどは、気がつくと、収まりきらなくなっていることもたびたび。『もう1枚出そうかな』と思うこともあります(笑)」
どんな内容の手紙を書いているのか。
「『ありがとう』か『おめでとう』、それに『いい仕事だったよ』のどれかですね。相手の良いところを伝えることで、社員のモチベーションを高めることが、手紙を送る目的。基本的にはポジティブな手紙しか送りません」
石渡氏は、小さな工夫や努力の跡ほど、見逃さずに拾うことを強く意識しているという。
「大きな成功をしたときと違い、小さくて目立たない工夫や成果はなかなか褒められないものですよね。すると『こんなことをしていても意味がないのか』と思ってしまうかもしれません。それを見逃さずに褒めれば、社員も『自分のやっていることは間違っていない』と安心するし、自信もつきます。小さな自信こそ大切で、集まれば、大きな自信になると思うのです」
社員に手紙を書き始めたのは、役員に就任したのち、新卒採用を始めた6年前のことだ。
「新入社員に対して、『頑張っているところをちゃんと見ているよ』と伝えたいと思ったんです。手紙を書くことには抵抗はありませんでした。子供の頃から、クラスメイトと手紙の交換などよくしていましたし、書くことが好きでした。また社会人になってからも、取引先にお札のハガキを送っていました。
手紙に関して忘れられないのは、12年ほど前のこと。ある取引先の企業で、社長からすべての営業マンまで50人ほどの方と名刺交換させていただいたので、すべての方にお礼のハガキを送ったことがあります。それも、同じ文面だと残念に思われそうなので、文面を少しずつ変えました。
すると、『そこまで気遣いをするなんて』と驚かれまして。手紙の効果かどうかわかりませんが、いまでも良いおつきあいをさせていただいています。こういうこともあり、手紙には人の心を動かす力があると実感しています」
石渡氏が、メールではなく、手書きの手紙を送るのはなぜか。
「やはり思いが伝わることですね。メールだと簡単に送れますが、手書きの手紙は、便箋やハガキを選ぶのも書くのも、それなりの時間がかかります。だから、もらった相手も、『自分のために時間を使ってくれた』と心に響くと思うのです」
石渡氏は、メッセージを書いたハガキを手渡しすることもあれば、社員の自宅に郵送する場合もあるという。それは、本人だけでなく、家族にも思いを伝えるためだ。
「郵送すれば、ご家族の方がそのハガキを見ることになります。社長から褒められている言葉や感謝の言葉が書かれていれば、『うちの子はよく頑張っているみたいだな』『主人もなかなかやるじゃない』と嬉しくなる。それが社員に伝われば、人にもよりますが、誇らしい気持ちになる人が多いと思うのです」
また、相手の手元に残り続けることも、手紙の利点だという。
「いまでは、弊社の社員も手紙を書く人が増えているのですが、実は、そのおかげで、ある大手居酒屋チェーンさんにホッピーを取り扱っていただけるようになりました。きっかけは、中年男性の営業マンが、『字は汚いし、文章も苦手だけど、自分もやってみよう』とバイヤーさんに感謝のハガキを送ったこと。当初、バイヤーさんはホッピーを扱う気はなかったそうなんですが、手書きのハガキなので拾てるに捨てられず、机の引き出しに入れていたんです。すると、引き出しを開けるたびに手紙が目に飛び込んできて、取引しようという気になったらしいんですね。手紙にはそういう力もあるのかと改めて知りました」
また、感謝の手紙を書いていると、相手に対してどんな思いを持っているのか、自分の頭の中が整理されるという。
「感謝の手紙を書いていると、相手への感謝の気持ちがより湧いてくる。手紙を書くのは、自分のためでもあるのだと思います」
手紙を書くとき、石渡氏は細かい点にまでこだわる。
「ポストカードの絵柄や切手、シールなどは、相手が好きそうなものを選びます。たとえば、好きな動物やキャラクターなどがわかっていれば、そういうシールを貼ってみたり。万年筆やペンのインクの色も、内容や相手によって変えます。自分が楽しんで書きたいということもありますが、相手も『自分のことをちゃんと考えてくれている』と感じると思うからです。反対に、たとえばかわいらしいポストカードに面白みのない50円切手が貼られていたりすると、少し残念に思うかもしれませんよね」
ただ、こだわるのはすぐに改善できることだけ。「気の利いた文章が書けない」など、すぐに改善できないことで、臆する必要はないという。
「むしろ、そんな理由で躊躇して、伝えるべき瞬間を失ってしまうほうがもったいない。感銘を受けた時に、すぐ送らないと、相手も忘れてしまいますからね。必要最低限の礼儀さえおさえれば、相手の機嫌を損ねることはないでしょう。まずは、一歩踏み出してみることが大切だと思います」
〔コラム〕 万年筆は私の“武器”です
石渡氏は、デジタルツールも活用するが、手帳に関してはアナログ派だそうだ。
「デジタルも好きですが、手書きのほうが頭の中に予定などの内容が入る。それに、単純に書き物が好きなんです。お気に入りの筆記用具で、ずっと文字を書いていたい」
石渡氏の趣味は万年筆のコレクション。国内外のさまざまなブランドの万年筆を、数百本は所有しているそうだ。
「同じ型番の万年筆でも、書き味の個体差があるので、必ず試し書きします。手は正直で、合わないと動きが重いけど、気に入ると手が止まらなくなる。『止まらないから、この子を連れて帰るか』となります。(笑)
持ち歩いている万年筆は『今日はこういう商談があるから、この万年筆だ』と、仕事の内容や気分によって毎日変えます。その日の武器を選ぶ気分です。季節ごとに、万年筆を洗って、インクを入れ替えるのも楽しい。『この夏はどういうインクのラインナップでいこうかな? パキッと爽やかな色を入れようか』と考えるのが楽しいですね。私、洋服の衣替えはなかなかしないのですが、万年筆の衣替えはとても早いですよ(笑)」
(いしわたり・みな)
ホッピービバレッジ〔株〕代表取締役社長
1968年、東京都生まれ。立教大学卒業後、日清製粉(現・日清製粉グループ本社)に入社。人事部に所属し、1993年に退社。その後、広告代理店を経て、1997年に、祖父が創業したホッピービバレッジ(旧・コクカ飲料)に入社。広報宣伝、副社長を経て、2010年4月6日、創業100周年の年に3代目社長に就任。早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。 経宮学修士(MBA)。
<読みどころ>
「文章には人間性が表われる」とよく言われます。ビジネス文書として一定の形式を整えたり、言葉のニュアンスに気をつけることは、最低限の文章マナーです。そのうえで、文章にどういう味つけをするかが、あなたの評価を左右することになります。では、仕事ができる人は、日頃、どんな文章を書いているのでしょうか。今月号の特集では、各界のプロフェッショナルの方々に、ケーススタディを交えながら「大人の文章術」を教えていただきました。
更新:11月22日 00:05