2013年06月28日 公開
2022年12月21日 更新
《『THE21』2013年7月号[一目置かれる「大人の文章術」]より》
商社やコンサルティング会社、外食企業などを経て、現在は〔株〕USENの代表取締役社長CEOと、そのグループ会社〔株〕アルメックスの代表取締役社長を務める中村史朗氏。社員はもちろん、取引先など社外のビジネスマンや、株主、顧客などに向けても文書を発信する立場にある。社長就任後、低迷していたUSENの業績を回復へと向かわせている中村氏が、相手に伝わる文書を書くために心がけているのは、いったいどんなことなのだろうか。
構造を決めてから実際に書き始める
相手に伝わるビジネス文書の書き方は、コンサルタント時代に徹底的に叩き込まれたという中村氏。「文書の役割は、内容を伝えて終わり、ではない」と話す。
「コンサルタント時代に、伝えたいことの本質を捉え、それをいかに相手に伝えるかの訓練をかなりしました。文書で伝えるだけで高額な対価をいただくサービスですから、文書の書き方は非常に重要なスキルだったのです。上司や同僚に徹底的にダメ出しをされ、鍛えられました。このときの経験が今も活きています。それだけでなく、本を通じても勉強しました。バーバラ・ミント著『考える技術・書く技術』(ダイヤモンド社)は本質的なことが書かれたバイブル的な本なので、少なくとも10回は読んだと思います。
文書は、相手にアクションを起こしてもらい、こちらが望む状態になってもらうためのものです。ですから、相手にどういうアクションを起こしてもらい、どういう状態になってもらいたいのかを考えることで、伝えるべきことの本質が見えてきます。本質を捉えたら、本質から外れた枝葉のような内容は、思い切って削ぎ落とさなければなりません。つまり、最も重要なのは文書の“構造”なのです。私の場合、机に向かって考えるよりも、
移動中や街中を歩いているときに構造を考えることが多いですね。この段階を経てから、実際に文書を書き始めます。書き始めたら、いったんサッと書き上げてしまいます。それから、じっくりと推敲していくのです。以前はこのようなプロセスを経ず、いきなり考えながら書いていたのですが、今は“考える段階”と“書く段階”を分けています」
中村氏は、自分で書く文書だけでなく、会社として発信するプレスリリースなどにも徹底的にこだわる。部下から上がってくる文書も、納得がいくまで手直しをするという。
「情報を盛り込みすぎた文書では、結局、何か言いたいのかわからないことがあります。これは、書き手が必要以上に枝葉にこだわっているからです。たとえば、新しいサービスについてのプレスリリースを出すとき、そのサービスを作った社員としては、ものすごく思い入れがある訳です。だから、『あれも、これも』と、情報を盛り込みすぎてしまいます。気持ちはわかるのですが、これでは伝わりにくい文書になってしまう。そういうときは、枝葉の内容を削ぎ落とし、誰が読んでも構造的にわかりやすい文書になるように手直しをします。
もし、コアとなる内容が3つあるのなら、まず、その他の内容は全部削ぎ落とします。そして、その3つをどの順番で書くのかを考えます。このとき、必ずしも、一番伝えたいことを最初に持ってくれば良いという訳ではありません。否定的な内容はあとに持ってくるほうが良い、というようなこともあるからです」
文書の“味付け”は相手によって変える
文書の構造を考える段階と実際に書く段階を分けることは、相手に合わせて表現を工夫するのにも役立つと中村氏は言う。構造ができていないのに表現を工夫しようとすると、本質を捉え損ねてしまいやすいからだ。
「たとえば社員に向けての文書だと、意図的に感性に訴える表現をしたり、生活感のある言葉を選んだりしています。文字数を少なくしたり、ときにはイラストを入れたりして、見た目が堅苦しくならないようにする工夫も凝らします。同じ内容の文書でも、銀行向けに書く場合は、数字や文字を多くし、見た目も少し堅い感じにします。銀行に対しては、そのほうが伝わりやすいからです。このように、文書の“味付け”は相手によって変える必要があります。
ただし、“味付け”にばかり注力するのでは本末転倒です。パワーポイントで綺麗なスライドを作ることにこだわる人がいますよね。そのこと自体はとても良いことだと思いますし、私もパワーポイントでビジネス文書を書くことが多いです。ただし、パワーポイントでスライドを作るのは“味付け”だということは意識しておくべきです。それによって伝えたいメッセージの本質は何かをきちんと捉えておかなければなりません。そうでなければ、綺麗だけれども何を伝えたいのかわからないスライドになってしまいます。
さらに言えば、いくら“味付け”をしたところで、相手が文書を読んでくれる状態でなければ、文書で伝えることはできません。ですから、前提として、相手に“読む準備”をしてもらわなければなりません。そのためには、日頃からのコミュニケーションが重要。文書で伝える前に、『一緒に仕事がしたい』『人間としてわかり合いたい』という気持ちを伝えておくことが大切でしょう」
以前、外食企業にいたときには、本部にいる数百名の部下たちの誕生日に「Happy Birthday」の文字とともにメッセージを書いた色紙を渡していた中村氏。約3千人の社員を抱える現在は、年末年始の休暇に入る前に、全社員に向けてメールでメッセージを送っている。昨年末のメールでは、仕事をクルマの運転にたとえて、社員の感性に訴える工夫がされている。
「毎年、全社員に対して『ご苦労様』『ありがとうございました』という気持ちを込めて、メールを送ることにしています。本文の内容については、いろいろと堅苦しいことも考えたりするのですが、本質的には、彼らの労をねぎらい、休暇で充電してもらって、新年から新たな気持ちで前向きに働いてほしい、ということを伝えるのが目的です。ですから、やや砕けた感じの文章になっています。この時期に何か伝えておかないと、ポカンと穴が空くような気がするので、節目としては良いのかな、と思っています」
相手や状況によって変えるのは“味付け”だけではない。メッセージを伝える手段も、場合によって使い分ける必要がある。
「文書の利点は、残るということです。残す必要があれば文書にしなければなりません。ビジネス文書だけではなく、メールや手紙というかたちで残す必要があるものもあります。また、お礼を伝える場合には、手紙に書くのが一番丁寧な印象を与えます。
残す必要がない場合は、ほんとうは電話をかけるのが一番ラクではあります。しかし、電話をかけると、いきなり相手の時間を奪うことになります。相手の負担を考えると、いつも電話という訳にもいきません。メールなら相手の都合の良いときに読んでもらえます。手紙は、スピード性に欠けますが、メールよりももっと時間の制約がありません。
メールを送るときは、用件をできるだけ簡潔に伝えるようにしています。長文になってしまうような内容は、メールでアポイントを取って、直接会って伝えることがほとんどです。
目的や場面によって、伝える手段を使い分けるのも重要だと思っています」
言葉の力を信じて繰り返し伝える
経営者としての経験を積んでいくにつれ、中村氏がますます重要性を感じていることが2つある。「言葉の力を信じること」と「同じことを繰り返し伝えること」だ。
「言葉の力を信じて、繰り返し伝えることで、その言葉が相手の心に宿り続けると思うからです。いろいろなことを考え、決断をして生まれた、力強い言葉であっても、『ちゃんと伝わるかな』と不安になることもあります。たとえば、離れたところで働いている社員に伝えるときがそうです。また、何度も同じことを伝えていると、新しい別
のことを伝えたい誘惑にかられることもあります。けれども、結局、本質的に重要なことを伝える言葉の力は強いのです。その言葉の力を信じて、同じことを繰り返し伝えるほうが良い。もちろん、同じことを伝えるにしても、表現の仕方はいろいろとありますから、表現を変えながらも、同じことを繰り返し伝えるようにしています」
今、繰り返し伝えている言葉は、事業方針についての「生涯収益を最大化する」というものだ。
「高い成果を挙げるにはどうしたら良いのか、ということを考えていくと、『生涯収益を最大化する』という言葉に行き着きました。成果を挙げようとすると、どうしても目先の成果を追ってしまいがちだからです。たとえば、営業であれば、契約までのハードルが低いお客様のほうが、すぐに成果になります。しかし、その中には、すぐに解約をされてしまったり、値引きを求めたりされるところも多いのです。それでは、当社としては長期的な収益になりません。一方、契約までのハードルが高くても、長くおつき合いをしていただけるお客様と契約ができれば、当社の長期的な収益を高めることになります。ですから、『目先の収益ではなく、生涯収益を最大化しよう』と、事業部長会議や経営会議、また社員へのメッセージなどで、『もう飽きたよ』と思われるくらい、何度も繰り返し伝えているのです」
(なかむら・しろう)
〔株〕USENの代表取締役社長CEO
1971年生まれ。1994年、東京大学を卒業後、三菱商事〔株〕に入社。2004年、ダートマス大学タック経営学大学院経営学修士号取得。同年、〔株〕ボストン・コンサルタント・グループに入社。2007年1月、〔株〕レインズインターナショナル取締役。2010年9月、〔株〕USENに入社、顧問に就任。11月より現職。
<読みどころ>
「文章には人間性が表われる」とよく言われます。ビジネス文書として一定の形式を整えたり、言葉のニュアンスに気をつけることは、最低限の文章マナーです。そのうえで、文章にどういう味つけをするかが、あなたの評価を左右することになります。では、仕事ができる人は、日頃、どんな文章を書いているのでしょうか。今月号の特集では、各界のプロフェッショナルの方々に、ケーススタディを交えながら「大人の文章術」を教えていただきました。
更新:11月22日 00:05