THE21 » カルチャー&トレンド » 「記録を抜く前に優勝しろ」笑い飯・哲夫がM-1戦士に送るエール

新刊小説『頭を木魚に』が発売された笑い飯・哲夫氏。キャリアを振り返り、自身の考えの変化と、M-
ーーここからは哲夫さんの半生についてお聞かせください。『頭を木魚に』の主人公は組織の中の息苦しさからドロップアウトしてしまいますが、哲夫さん自身はそういった生きにくさを感じられたことはありますか?
【哲夫】生きにくさというほどのことではないですが、売れていないころは「嫌やなぁ」と感じたことはあります。
とある飲食店の厨房でバイトをしていた時に、僕が売れていない芸人ということでそこのシェフからかなりキツく当たられていた時期がありまして。
その方とは険悪な関係になってしまってバイトもすぐにやめてしまいました。ところが、僕が少しずつテレビに出られるようになった時期に、居酒屋でバッタリ再会したんです。
そうしたら、まるで人が変わったかのようににこやかで。ずっと僕にベタベタくっついてくるんですよ。終いには僕と一緒にいた後輩が「お前うるさいんじゃ!」と怒り出したくらいで。
あの時は諸行無常を感じましたね。ですから今、たとえば会社に怖い上司がいる人も、何年か頑張っていたら逆に上司が媚びを売ってくるようになる可能性はありますよ。
ーー結果を出すことで周囲の対応が変わる、というのは芸能界では特に顕著かもしれませんね。とはいえ、過去に自分にきつく当たってきた人に手のひらを返されたとき、ムッとしたりはしないのでしょうか?
【哲夫】そういう世界ですから。それに、僕自身は芸能界の徹底した実力主義は嫌いじゃありません。
なぜなら、周囲の態度が変わった瞬間、「ざまぁみろ」と思えますから。「この前まで俺のことなめてたけど、今や媚びてきとるやないか!」と。
ーーたしかに、その瞬間は快感かもしれませんね。
【哲夫】ただし、この「ざまぁみろ」は一瞬だけに留めておかないといけません。これは人から教わったことなのですが、「ざまぁみろは『様を見ろ』」。誰かに対してそう思った瞬間に、自分の様を見て、省みないといけませんよ、ということですね。
ーー若手時代から現在にいたるまでに、芸人としての人生観に変化はありましたか?
【哲夫】芸人を始めたころは、「欽ちゃんの再来」と呼ばれるくらいゴールデンのテレビに出まくりたいと思ってたんですけど、いつしか仏教でいうところの「自他平等」の心境になっていきました。
自他平等とは、自分と他人を同じように考え、誰かの悩みは自分の悩み、誰かの喜びは自分の喜びとすることです。
いま、仲の良い千鳥やかまいたちが目まぐるしくテレビで活躍していますが、自他平等の精神で我がことのようにうれしく思います。
上方漫才大賞を2回もいただいたので、いまはテレビよりむしろ、その賞に恥じない漫才師でありたいなと思っています。
ーー笑い飯のお二人と言えば、9年連続決勝進出、2010年に悲願の優勝を果たされた「M-1グランプリ」の話題は欠かせません。哲夫さんにとってM-1はどのような大会でしょうか?
【哲夫】「M-1チャンピオン」という大きな肩書きを名乗れるのは、やっぱり大きいですよね。どこに行ってもチャンピオンと呼ばれますから。
ただ、優勝して変わったことは実はそれくらいで、2002年に初めて決勝に出た時の方が変化は大きかったですね。それがきっかけで世に出させていただきましたから。
僕らがお笑いを始めたころは、「漫才=おじさん」というイメージがあって、若い芸人が漫才をするイメージがなかったんです。ところが、いまやNSC(吉本総合芸能学院)の生徒のほとんどが漫才をやっているらしいですからね。
これは間違いなくM-1の影響でしょうし、つくづく漫才界に大きく貢献している大会だと思います。
ーー現在は審査員も務められています。
【哲夫】若手の姿にかつての自分たちを重ねることもありますよ。何回も決勝に進みながらなかなか優勝できないコンビとかね。
ーー真空ジェシカのお二人が5年連続で決勝進出継続中です。
【哲夫】まだまだやな!笑い飯は9年連続決勝進出という誰も成し遂げていない記録を持ってますからね。この記録は誰にも抜かれたくない。
ーーその前に優勝しろ、と。
【哲夫】そうです。僕らも9年連続決勝と言えば聞こえは良いですが、8回優勝逃してますからね。どんだけ優勝逃してんねん!
更新:09月17日 00:05