2025年09月25日 公開
グロービス経営大学院が主催する「あすか会議」は、年に一度、各業界のトップリーダーと学生(在校生・卒業生)および教員が一堂に集い、開催するカンファレンスです。21回目の開催にあたる「あすか会議2025」には約1,200人が参加。グロービスグループが地方創生に取り組む茨城県水戸市に集い、学びを深めました。
本稿では、「あすか会議」で行われた、慶應義塾大学総合政策学部教授/公益財団法人国際文化会館常務理事の神保謙氏と慶應義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏、同志社大学法学部教授の村田晃嗣氏、株式会社サキコーポレーションファウンダー/三菱商事株式会社取締役の秋山咲恵氏(モデレーター)によるセッション「トランプ時代の世界の行方 ~不確実性を増す世界の動向を探る~」から、トランプ時代に想定されるシナリオについてご紹介します。
――トランプ時代、これから想定されるシナリオとして考えておいた方がいいことは何でしょうか?
【神保】トランプは、イランへの空爆を「大成功」と評しました。地上軍の派遣を避け、ヒットアンドアウェイで空爆を行い、イランからは多少の反撃があって、そこで打ち方やめ、と。トランプがこの成功に味を占めると、同様の戦略を再び使う可能性があります。
彼は2017年、オバマ大統領がシリアを攻撃できなかった「弱い大統領」であると批判し、自らは60発以上のトマホークミサイルをシリアの空港に撃ち込みました。この経験が、2017年末の北朝鮮に対する「ブラッディ・ノーズ作戦」の立案につながったのです。NATOの空爆がユーゴスラビアのミロシェビッチ大統領を交渉の席につかせたという事例もあるので、トランプは、シリアでの経験から、北朝鮮にも同様の攻撃を行えば、交渉に応じるだろうという皮算用が出てきたのです。
この作戦は2017年には実行されずに止まりましたが、今回のイランへの空爆成功、バンカーバスターで地下を叩くことが有効だと証明されたことで、同様の計画が再び浮上する可能性があると私は思うんです。
しかし、このような攻撃が実行された場合、深刻な誤解が生じる可能性があります。北朝鮮がこの攻撃を単なる限定攻撃ではなく、本格的な侵攻の前触れだと捉えたらどうなるでしょうか。もし私が北朝鮮の指導者であれば、核兵器を使うかもしれない。早い段階で核兵器を使わないと、自分たちがやられてしまうだろうから。
ワシントンと平壌の間には、このような決定的な誤解が生じるのです。この誤解を解消するのは非常に困難であり、ワシントン主導の勝手な計算によって、場合によっては、ソウルや東京に核ミサイルが落ちてくるかもしれません。これほどまでに世界は脆弱だと私は思っています。
とすると、日本はアメリカの意思決定のループに入っていく体制を作らなければいけない。だからこその日米関係であったし、最近になって、日米で統合作戦司令部を設置し、共同で決断を下そうとしているのも、こうした危険な状況において、日本が意思決定の場に入る重要性を示していると思います。
――村田先生はどう思われますか?
【村田】今、我々が生きている時代は「戦間期」と呼ばれる時代のはずで、冷戦終結後の束の間の平和の後、再び大規模な戦争が起きる可能性をはらんだ数十年間を過ごしているのかもしれないのです。中東やアジアには、そのような大きな戦争のトリガーになりかねない事件が事欠きません。
第一次世界大戦の時代と現在の状況は類似しています。当時はスペイン風邪が蔓延し、多くの人々が命を落としました。我々もまた、つい最近COVID-19によって多くの命を失いました。さらに、約100年前の1921年には東京駅で原敬首相が暗殺され、つい3年前には安倍晋三元首相が凶弾に倒れるという、同様の不穏な事件が起きています。このことからも、歴史的な大変化が起きる可能性は当然想定されます。
しかし、「アメリカの時代の終わり」という言説も、もう何回も繰り返されてきました。End of Americaと図書館で検索すれば、何十冊もの書籍が見つかります。もしかしたら現在の状況も、そんな悲観論のうちの1つのパターンに過ぎないのかもしれません。
しかし、国内政治に目を向けると、来年の11月にはアメリカの中間選挙があります。この選挙でトランプ大統領の共和党が、上下両院、特に下院で負けることになるでしょう。トランプ大統領の最大の弱点は、時間がないということなんです。 あと3年6カ月しか持ち時間のない大統領です。
中間選挙で負けて、内政が立ち行かなくなった場合、トランプのような人物が次に飛びつくのは、外交で大きな成果を上げ、内政の行き詰まりを打開することかもしれません。彼は「アメリカ・ファースト」を掲げていますが、その実態は「トランプ・ファースト」であるため、中間選挙以降、無謀な外交上の賭けに出るリスクを想定しておく必要があります。
一方で、共和党が敗北し民主党が勝利した場合、民主党はまた学習できない危険性があります。彼らはトランプ批判をすれば選挙に勝てると思って、国民の心に届くようなアジェンダを設定せずに選挙に臨み、再び敗北することになりかねません。
アメリカの国内政治を再生させるには、野党である民主党が、「民主主義を守る」や「人権を守る」といった抽象的な議論だけでなく、例えば「ケネディ厚生長官の健康政策で、いかに子供たちの命を守るか」といった具体的な政策を掲げて戦う体制を整えることが不可欠です。そうでなければ、なかなか今の状況から脱却できないんじゃないでしょうか。中間選挙は、外交・内政の両面で一つの大きな節目となる気がします。
――トランプ政権の動きによって、企業の投資判断は難しいものになっています。竹中先生はこの状況を、どう見ていますか?
【竹中】コロンビア大学のジェラルド・カーティス先生が指摘するように、もしトランプ氏が本当に朝鮮半島から米軍を撤退させれば、韓国は間違いなく核武装に踏み切るでしょう。その場合、北朝鮮、中国、ロシアも核を保有する状況下で、韓国が核武装すれば、日本もまた核武装すべきかという議論が必然的に生じることになります。個人的にはそんなことには全くなって欲しくないんですけれども、新たな安全保障上の議論をしなきゃいけない可能性が出てきます。
こうした不確実性が高まる中、企業の投資判断は極めて困難になっています。しかし一方で、世界経済に逆風が吹く中で、日本には追い風となる面もあります。分かりやすい例が半導体です。
1980年代、日本は半導体製造で世界一でしたが、1986年の日米半導体協定によって打撃を受け、現在では10%程度にまで落ち込んでいます。しかし今、アメリカは中国への対抗策として、韓国、台湾、日本に協力して新たな半導体サプライチェーンを構築するよう圧力をかけています。これにより、日本政府も堂々と予算を投じ、この分野を強化できるようになりました。私は、サプライチェーンの見直しに関して、政府が明確なビジョンを掲げることで、未来への見通しを少しでも明るくすることが、唯一できることではないかと考えます。
政府が6月に発表した方針は、新聞ではほとんど報じられませんでしたが、非常に重要な政策が盛り込まれています。制度改革に関する具体策は少ないものの、1つ良いことが書かれています。それは、「日本はこれまで協議してきた友好体制の権利を強く主張したいと思う。しかし同時に、かつてのような体制には戻らないことを前提に、新しいシステムについて積極的に世界に提言し、その構築に参画していく姿勢を持つべきだ」と述べられていることです。
具体的にどうすべきかは明確ではありませんが、日本は現在の追い風を活かし、CPTPPのような枠組みも利用しながら、友好国を巻き込んだサプライチェーンの見直しを主導していくべきです。政府がこうした姿勢を示すことは、現状を打開するための一つの有効な方策と言えるでしょう。
更新:10月10日 00:05