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人はなぜ、依存症から抜け出せなくなる? 『世界一やさしい依存症入門』【書評】

2025年06月21日 公開

大村壮太(作家)

「ダメ。ゼッタイ。」は孤立を生む

日々、多忙なビジネスパーソン。限られた時間の中で、いかに効率良く知識や教養を身につけるかは、常に頭を悩ませる問題だろう。本連載では、そんな悩みを抱えるビジネスパーソンに、スキル向上に役立つ書籍を厳選してご紹介する。今回は、松本俊彦著 『世界一やさしい依存症入門 やめられないのは誰かのせい?』(河出書房新社)を取り上げる。

 

依存症の本質に鋭く迫る

世界一やさしい依存症入門

松本俊彦の著作『世界一やさしい依存症入門 やめられないのは誰かのせい?』は、その平易なタイトルとは裏腹に、現代社会が抱える根深い問題としての依存症の本質に鋭く迫る一冊である。

本書を貫く核心的なメッセージは、依存症とは単なる個人の意志の弱さや道徳的欠陥ではなく、耐え難い「孤独」と、その苦痛から逃れるための必死の「自己治癒」の試みであるという視点だ。

そして、その回復の鍵は、罰や排除ではなく、温かな「つながり」と、現実的な「ハームリダクション」の思想にあることを、著者は繰り返し、そして力強く訴えかける。

まず強調したいのは、本書が依存症を「孤独の病」として捉え直している点である 。人はなぜ、ある特定の物質や行為に囚われ、抜け出せなくなってしまうのか。

松本氏は、その根源には、他者に頼ることができず、社会の中で孤立し、深い心の痛みを抱えている状態があると指摘する。この「痛み」は、過去のトラウマ、過度なプレッシャー、安心できる居場所の欠如など、様々な要因から生じうる。

そして、依存対象となる物質や行為は、この耐え難い苦痛を一時的にでも和らげるための「こころの応急処置」として機能してしまうのだ 。これは、エドワード・カンツィアン医師が提唱した「自己治療仮説」にも通じる考え方であり 、依存行動は快楽の追求というよりも、苦痛からの解放という側面が強いことを示唆している 。

つまり、依存症者は「困った人」なのではなく、誰にも頼れず「困っている人」なのである。  

しかし、社会はしばしば、この「困っている人」に対して、「ダメ。ゼッタイ。」というスローガンや厳罰主義で応じようとする 。

松本氏は、このようなアプローチが、当事者をさらに孤立させ、問題の解決を遠ざけてしまう危険性を警告する 。罰は恐怖心を与えるかもしれないが、根本にある苦痛や孤独を取り除くことはできない。

むしろ、社会的なスティグマは、彼らが助けを求めることを一層困難にし、大切な人との「つながり」を断ち切ってしまう。

そして、この「つながり」の喪失こそが、物質や行為への依存をますます深める悪循環を生み出すのだ 。ブルース・アレクサンダー博士の「ネズミの楽園」実験が示すように、孤立した環境が依存を助長し、豊かなつながりのある環境が回復を促すという事実は、この点を明確に裏付けている 。  

ここで重要な光となるのが、「ハームリダクション」という思想である 。

これは、依存対象の使用を直ちに完全に止めることが難しい場合でも、使用に伴う健康被害や社会的な不利益をできる限り少なくすることを目的とする、現実的かつ人道的なアプローチだ 。完璧な禁欲を性急に求めるのではなく、まずは安全な使用方法を指導したり、相談しやすい環境を提供したりすることで、当事者の尊厳を守り、少しでも害の少ない方向へと導く。

これは、「罰ではなく支援を」という松本氏の一貫した姿勢の表れであり、依存症者を社会から排除するのではなく、再び社会の一員として受け入れ、支えていこうとする温かい眼差しに他ならない。  

そして、本書が最も力強く訴えかけるのは、「アディクションの反対は、コネクション」というメッセージである 。孤立が依存症の温床であるならば、その治療と回復の道は、安心できる他者との「つながり」を再構築することにある。

それは、適切なコミュニケーションを通じて、自分の苦しみや弱さを安心して開示できる関係性を育むことであり、信頼できる誰かに「助けて」と手を伸ばす勇気を持つことだ。また、同じ苦しみを抱える仲間と出会える自助グループの存在も、孤立感を和らげ、回復への大きな力となることが示唆されている 。  

松本氏の優しい筆致は、時に専門的な内容を含みながらも、10代の読者にも理解できるように工夫されている 。しかし、そのメッセージは、年齢や立場を超えて、現代を生きるすべての人々の心に響く普遍性を持っている。なぜなら、程度の差こそあれ、誰もが何らかの「生きづらさ」や「孤独」を感じうるからだ。  

この本は、今まさに依存という苦しみの中にいる当事者にとって、一条の光となるだろう。あなたは一人ではない、助けを求めてもいいのだと、優しく背中を押してくれる。同時に、依存症に苦しむ人の周りにいる家族、友人、同僚、そして社会全体に対して、深い理解と共感、そして具体的な支援のあり方を示してくれる。

大切な人が何かに囚われているとき、必要なのは非難や説教ではなく、その人の苦しみに寄り添い、安全な「つながり」を提供することなのだと。

『世界一やさしい依存症入門』は、依存症という複雑な問題を解きほぐし、私たち一人ひとりが持つべき視点と、社会全体が取り組むべき課題を明確に示してくれる羅針盤のような一冊だ。

この本に込められた切実な願いが、一人でも多くの「孤独」を抱える人、そしてその周りにいる人々に届き、温かな「つながり」の輪が社会全体に広がっていくことを、心から願わずにはいられない。それは、誰もが安心して生きられる、より優しい社会への確かな一歩となるはずだ。

 

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