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一流ホテルマンに学ぶ「相手の心の声」に耳を傾ける対話術

2012年11月28日 公開
2022年09月26日 更新

高野登(前リッツ・カールトン日本支社長)

営業やプレゼンなど、ビジネスマンにはコミュニケーションの悩みがつきもの。リッツ・カールトン日本支社長として活躍した高野登氏が、ビジネスにも生かせるコミュニケーションの本質を語ります。

※本稿は、『THE21』2012年12月号特集「「聞く力」の鍛え方」より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

自分の立場からではなく相手の気持ちから考える 

数々の海外有名ホテルでキャリアを積み、90年代以降はリッツ・カールトン日本支社長として活躍した高野登氏。最高級ホテルとして有名な同ホテルは、きわめて高いホスピタリティを提供する場として知られる。

スタッフはみな、顧客の要望に応えるのはもちろん、ときに顧客の予測を超えたサービスを行なう。それを可能にするのは、やはり「聞く力」――なかでも、お客の「心の声」に耳を澄ますことだ。

言葉による質問と回答だけで、ほんとうに相手の気持ちを知ることは難しい。相手の立場やそのときの心理、場の雰囲気などの影響で、思いがそのまま言葉にならないことも多いからだ。

そうした「目にみえない情報」に耳を傾ける力はどのように培われるのか、お話をうかがった。

 

まずは相手と同じ目線に立つ

ビジネスマンにはコミュニケーションの悩みが多いようです。たとえば、営業マンが訪問先の相手と話すときに、商品についてはしゃべれるし、プレゼン資料についても説明できる。

でも、それ以上のことがうまくしゃべれない。また、相手のニーズを聞いたり、雑談をして打ち解けたりすることができない。

それは、話をする基盤として、「聞く姿勢」ができていないからです。自分の立場で考えてしまっていて、相手の話を聞きながらも、頭のなかでは「次は何をしゃべろうか」と思っているのではないでしょうか。それでは相手とのダイアローグ(対話)ができません。

そこで必要になるのが、イマジネーションです。イマジネーションとは、相手の心のなかにあるものとできるかぎり同じイメージを、自分の心のなかにつくり出すこと。それによって、相手と同じ目線に立つことです。

優れたホテルマンには、このイマジネーションの力が備わっています。ホテルにいらっしゃるお客様は、年齢も、職業も、ホテルにいらっしゃった理由も千差万別です。ですから、お客様1人ひとりがどういう気持ちなのかをイメージして、対応しなければなりません。

たしかに、経験を重ねていくことで、頭のなかにお客様のパターンが十数種類できてきて、みただけである程度は対応の仕方がわかるようになります。

しかし、それに頼ってはいけないのです。たとえば、挙式の相談でこられたお客様がいたとしましょう。「挙式の場合は、こういうふうに対応すればいい」と、これまでの経験やノウハウにとらわれて行動してしまうと、目の前のお客様に特有の家庭の事情などに気がつかないかもしれません。

相手の気持ちをイメージし、受け入れてこそ、期待を超えるサービスをすることもできるのです。

部内の会議でも同じことです。優れた上司であれば、会議室に出席者が入った時点で、イマジネーションを働かせます。

ぜひとも発言をしたいと思っている、やる気満々の人は、部長の隣や正面の、よく目に入る席に着くでしょう。逆に、準備不足の人は、目立たない席に着きます。表情や声からも、それぞれの出席者の気持ちを知ることができるはずです。

そこで部長は、まず、やる気じゅうぶんな人たちと、柔らかい話題を選んで雑談をします。そして、自信がなさそうな相手と目が合えば、「君はどう?」とにこやかに聞き、雑談の輪を少しずつ広げます。

こうして、本題に入る前に場を温め、空気を和らげておかないと、しゃべりたい人がしゃべるだけの場になってしまいます。ほかの人の意見を聞くことができません。

人は、リラックスするとアイデアが出やすくなるものです。縮こまっていたはずの人から、意外なほどいい意見が出てくることも多々あります。

では、イマジネーションを鍛えるためにはどうすればいいのか。それには、本を読むことだと私は思っています。夏目漱石の『こころ』にしても、学校で読まされたときと大人になって読んだときとでは、感想が違うはずです。

それは、さまざまな経験をして、イマジネーションが鍛えられたからです。

 

自分の配慮を感じさせない

相手の気持ちを自分の心のなかにイメージするということは、「私はあなたのことを理解していますよ」とアピールすることではありません。そうされると、相手はかえってしゃべりにくいでしょう。

先ほどの会議の例では、はじめは緊張していた出席者は、「不安だったけれども、なぜかうまくいった」と思うでしょう。部長の気遣いに気がつく人は、ほとんどいないと思います。

優秀なホテルマンも同様です。心地よい会食の場を取り仕切る人物に、列席者はみんな快い印象をもちます。ところが、その人物がどういうサービスをしたのか、具体的な瞬間は誰も記憶していない。いつの間にか皿が配られ、知らないうちにコーヒーが継ぎ足されているのです。

この能力は、自分の側の都合を極力排して、相手にのみ集中するなかで培われるものです。それを繰り返すと、自分の"ボリューム"を極限まで下げられるのです。

こういうと、「修行みたいでたいへんだ」と思われるかもしれません。たしかに、「どんな仕事も修行だ」という意味では、修行なのかもしれません。しかし、ホテルマンがつらいと思っているのかといえば、そんなことはありません。

人は普通、他人の話を聞くよりも、自分の話をするほうが楽しく感じるものです。

しかし、他者への興味に溢れ、「聞く欲求」でいっぱいの人もいるのです。生まれたときからそうだったはずはないので、きっとどこかで"スイッチ"が入ったのでしょう。

私も、そのスイッチが入っています。スイッチが入ったのは、お客様の心からの「ありがとう」をいただいたときでした。

つまり、「人と接して幸福を感じたとき」がスイッチの入るチャンスです。その機会を得るためには、できるだけ人と会うことです。そして、人と会うときには、「自らに課題を設定する」ことをお勧めします。

目の前の人を漫然とみているだけでは、興味の湧きようがありません。「この人の素敵なところを5つ見つけよう」などと目標を設定すると、俄然、集中力が増し、楽しくなってくるものです。

また、「相手についてのメモをする」のもお勧めです。あるホテルマンは、手書きの似顔絵を1人ひとり描くことで、2000人ものお客様の顔と名前を覚えているそうです。

手を動かすことは、脳の動きを活性化します。記憶力が刺激され、相手に対する思いも新たにすることができます。もちろん、似顔絵でなくてもかまいません。接した人について気づいたこと、対話してみて想像と違った点などをメモすればいいでしょう。

 

糧となる失敗を恐れない

「聞く力」を鍛えようとすれば、失敗を避けることはできません。

相手の気持ちをイメージしても、それが正解かどうかは、ひと言かけてみなければわかりません。間違っているかもしれないからと何もしなければ、何も聞くことはできません。

対話は碁のようなものです。碁は、最初の黒石を置かなければ始まりません。絶対に正しい場所に黒石を置こうと考えれば考えるほど、置けなくなります。それでは何も始まらない。

黒石を置けば、それに応じて相手が白石を置く。対話は、そのやり取りに似ています。

たとえば、石のネックレスをしている人に「素敵な石ですね」と率直にいってみる。私のなかでは、「石が好きな人には、パワースポットのような神秘的な力に興味がある人が多い」という経験則があるのですが、それがその人にも当てはまるかどうかはわかりません。

「この石はね...」と相手が話す内容を聞いて初めて、その経験則が当てはまるかどうかがわかります。当てはまらなければ、別の方向に話を進めればいい。その話題に興味がなさそうなら、それはそれでいいのです。失敗を恐れていては、何もできません。

ただし、失敗をそのまま放っておいてはいけません。必ず、次に活かすようにしてください。

 

【高野登(たかの・のぼる)】
1953年、長野県生まれ。プリンスホテルスクール(現日本ホテルスクール)卒業後、ニューヨークに渡り、NYプラザホテルなどに勤務。1990年にザ・リッツ・カールトン・サンフランシスコの開業に携わったのち、リッツ・カールトンLAオフィスに移る
1994年に日本支社長に就任、ザ・リッツ・カールトン大阪の開業に携わる。その成功をもとにして、企業活性化・人材育成などについての多くの講演を行なっている。2010年、「人とホスピタリティ研究所」を設立。
『サービスを超える瞬間』(かんき出版)をはじめ、著書多数。

 

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