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鬼滅の刃『炎』作曲の梶浦由記「人生で一番行き詰まった...」それでもアニメ音楽を続ける理由

2023年04月18日 公開

梶浦由記(作曲家/音楽プロデューサー)

 

「映像ができてから」の作曲経験が転機に

これまでの仕事で一番の転機と言えば『空の境界』シリーズです。全10作にもなる映画の音楽を一人で作るなんて、そうある機会ではありません。

しかも、作曲の際に受け取る情報の量が、普段のそれとは段違いでした。TVアニメの多くは、事前に「怒り」「コミカル」などテーマ別に曲を複数作っておき、後からそれらを実際のシーンに合わせて配置します。

それが『空の境界』では、映像が出来上がった後に、シーン一つひとつに合わせて曲を作っていったんです。

シーンに合う音楽を、しっかりそのシーンを見ながら作っていく、という経験を初めてすることができました。そうすると、やはり自分の作曲はまだ甘かったな、という部分も見えてくる。この作品には相当育ててもらったと感じています。

また、この作品では以前からずっとやってみたかった「歌モノ」にも本格的に挑戦することができました。エンディングテーマを歌うユニットとして結成した「Kalafina」の話です。

そこでは、3人の卓越した歌手が全員主役になる「重唱」の形式に、クラシックやニューエイジ、オペラにポップスと様々なジャンルの要素をミックスして......と、自分が長年憧れていた音楽の形を実現することができました。その後10年にわたって続いたKalafinaとの活動期間は、私にとって本当に「宝物」と言える時間です。

 

来る仕事はある意味「運」...それをどう乗りこなすか

こうして仕事の幅を広げられたのは、優秀な方にたくさん出会えたから。私は人の運が良くて、そこから驚くほどたくさんのチャンスをもらえたと思っています。それこそ、まるで奇跡と呼んで良いくらいです。

バンドでデビューする前は「別に売れなくていい」と思っていました。とにかく自分の好きなことをやれればな、と。ほとんどのミュージシャンはそうだと思うんですよね。

ところが、デビューした途端に「あ、これ売れないと好きなこともできないな」と気づくんです。何らかの形で、実績を残さないといけないな、と。

そんな中で私が初めて実績らしきものを出せたのが「劇中音楽」のお仕事でした。それが降ってきたのは、ひとえに人との出会いのおかげですし、ある意味「運」の賜物です。

でも、そこでこれ幸いと「せっかくなので主題歌の仕事もやらせてください」と言ってみたり、来た波に最大限うまく乗る努力はしていました。そのうちに、仕事の幅も広がっていったと思います。

 

「物語への責任」を果たすために

実は、人生で一番行き詰まりを感じたのは昨年のことです。

もともと、私は一つの作品の音楽を書き始めると、1日の睡眠時間が2~3時間になるタイプ。それを1カ月集中的に続けて一気に作り終える、というやり方をしてきました。

でも、去年頃からもうそれが体力的に難しくなってきて......。今、まさに新しいルーティンを模索している段階です。体力が落ちたからといって、質を落とすわけにはいきませんからね。

それに、この仕事の「責任の重さ」も、年々強く感じるようになっています。アニメを制作するとき、作曲家は基本的に一人だけ。その物語に、世界でたった一人「音楽をつけてください」と選ばれるなんて、このうえなく光栄なことだと思います。

そういうわけで、今の私の原動力は「責任」です。若く才能のある作曲家がたくさん出てきている中、私に求められるのは「確実なものを作る」こと。その責任は果たさないと、作品にもスタッフにも申し訳ない。それが私のモチベーションになっています。

それと、最近思うのは、どうも私は「物語の音楽を作ること」が本当に好きなんだな、ということです(笑)。

「ソロ活動にも注力しては」と言われることもありますが、次の担当作が決まって脚本や原作を読み、そこにどんな音楽をつけようかと思いを巡らす、それがたまらなく好きなんです。物語がインスピレーションをくれるからこそ、こうして30年間も走り続けられたのかもしれません。

加えて、実は音楽づくりの真っ最中は結構苦しんでいるんですが、仕事が終わるとそんなことは全部忘れて、いつも楽しかった記憶だけが残ってしまうんです。そんな私の性分も、活動への前向きさを後押ししてくれているのかも......(笑)。

今回はたまたま「作曲の苦しさ」を覚えているタイミングですが、他のインタビューでは「作曲は楽しいことばかりです!」なんてお答えしていることもあるくらいです。その時は、本当にそれが本心なんですけどね(笑)。

これからも、お話をいただける限りは、物語と真摯に向き合って一緒に音楽を作り上げていきたいです。

【梶浦由記(かじうら・ゆき)】

1965年、東京都出身。93年、ガールズバンド「See-Saw」の一員としてデビュー。90年代半ばからアニメの劇伴に多く携わり「ソードアート・オンライン」、「魔法少女まどか☆マギカ」など数々の話題作を手がける。2020年には作詞作曲を手がけた「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」主題歌『炎』が日本レコード大賞を受賞。上海や台湾でも単独ライブを成功させるなど、国際的に支持を集める。ソロプロジェクト「FictionJunction」の9年ぶりとなるニューアルバム「PARADE」を、2023年4月19日(水)より発売予定。

(『THE21』2023年5月号掲載「私の原動力」より)

 

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