2021年12月17日 公開
2021年12月22日 更新
今年9月に出版された田内学著『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)は、ほとんどの人たちが経済の問題を「専門家任せ」にしていることへの危機感から書かれた本だ。
「専門家任せ」の原因は、経済をめぐる議論には専門用語が使われ、わかりにくいことにある。が、本書は、専門家たちの議論をわかりやすく解説するものではない。
ゴールドマン・サックス証券で日本国債などを扱う金利トレーダーとして活躍した、理系出身の著者が、経済について根本的に考え直している。田内氏に執筆の動機などを聞いた。
――本書を執筆するきっかけとなった出来事の1つは、ギリシャ危機だったと書かれています。ヘッジファンドは、ギリシャ国債が暴落したように、多額の借金を抱えた日本の国債も暴落するはずだと判断した。そして、日本国債を空売りしたが、暴落は起きず、大損をした、と。
【田内】当時、私はゴールドマン・サックスで日本国債のトレーディングをしていたので、海外の様々なヘッジファンドから問い合わせがありました。しかし私は、日本国債の暴落は起きないと考えました。
テレビでも経済学者が「日本の国債は家計(個人)の預金に支えられている。国債の発行残高が増えているのに、家計の預金は伸びていない。このままでは、あと数年で家計の預金が国債を支えられなくなり、日本政府が財政破綻する」と話していました。でも、これはおかしいと思いました。
本書でも述べましたが、日本の預金が増えているのは、政府が借金をしているからです。政府が借金したお金(国債発行で調達したお金)は政府の支出のために使われます。使われると言っても、消えてなくなるわけではありません。個人や企業に支払われています。つまり、借金したお金は、個人や企業の預金口座に移動しているのです。そして、銀行はそのお金で日本国債を買うことができます。
ということは、日本国債の発行残高が増えるほど、必ず個人や企業の預金が増えています(厳密には年金や保険会社が預かっているお金も含まれます)。「家計の預金は伸びていない」と大騒ぎしていた経済学者はそのことを知らなかったのです。企業の預金はちゃんと増えていました。
別の言い方をすれば、政府が大量にお金を使っていても、日本の中にいる人たちがそのお金をもらって働いているんです。誰が働いているかということが重要なんですよね。
――本書では、「国の財布」の中に「政府の財布」「個人の財布」「企業の財布」があって、国が借金をするということは「政府の財布」から「個人の財布」「企業の財布」にお金が移動することだと説明していますね。「国の財布」の中でお金が動いているだけだから、ギリシャ国債みたいに暴落しないと。
【田内】ギリシャ国債がなぜ暴落したのかと言えば、ギリシャの通貨がユーロだからです。ユーロ建てのギリシャ国債を売って、ドイツやフランスなど、同じくユーロ建てで、財政状況がいい国の国債が買われたことで、ギリシャ国債は暴落してしまいました。
一方で、日本国債は円建てですから、たとえ日本国債が売られたとしても、円が「国の財布」の外へ流出することはありません。例えば、アメリカ国債へお金が流れるにしても、必ず為替取引でドルを買わないといけません。
そのときに支払う円は取引相手の銀行口座に移っているだけです。日本国内の預金が減ることはなく、日本国債が買えなくなってしまうことはないのです。
「政府がいくら借金をしても財政破綻しないのは、借金によって建設した道路などが資産になるし、いざとなれば道路を担保にお金を借りられるから」と言う人がいますが、それはおかしな説明です。道路を担保にしてお金を貸してくれる人はいませんから。
それに、もし道路を担保にするのなら、その道路を差し押さえられることがあってもいいと考えているということです。そんな政府でいいのでしょうか。
――1国1通貨であれば、政府が借金を膨らませても、財政破綻はしないということですね。でもハイパーインフレが起きるのではないか、という懸念はありますが……。
【田内】はい。確かにその通りですが、それは借金を増やすことが直接的な原因ではありません。
第1次世界大戦後のドイツでは、賠償金の支払いのために政府が莫大な借金をして、それによってハイパーインフレが起きたと、よく言われます。しかし、ハイパーインフレが起こった原因は、政府の借金ではなく、外国への賠償金の支払いです。
本書では「労働の借り」と呼んでいますが、賠償金を支払ったことによって、ドイツの生産力を外国のために使わなければならなくなった。そのため、ドイツ国内の需要に生産力が追いつかず、ハイパーインフレが起こったのです。
終戦直後の日本も同じです。GHQに終戦処理費を支払うために多額の国債を発行しました。このときもハイパーインフレが起きましたが、借金が増えたことが根本的な問題ではありません。
GHQが受け取った多額のお金は、日本国内で使われます。当時の日本では、戦争によって生産力が落ち込んでいました。そのうえで、生産力の多くがGHQのために使われたのです。その結果、物資がますます欠乏し、ハイパーインフレが起きました。
もし、ハイパーインフレの原因が国債の発行にあるのなら、国債の発行ではなく、すべて増税によって賠償金や終戦処理費を支払っていれば、ハイパーインフレを避けられたということでしょうか? そんなことはないでしょう。他国のために働かないといけないせいで、物資が欠乏することは変わりないわけですから。
――今後、日本がハイパーインフレを起こさないためには、国内の生産力を落とさない必要がある?
【田内】日本の国際収支は貿易黒字が続いてきました。つまり、トータルで見れば、日本国内の需要を日本国内の生産力で満たしたうえに、外国に対しても日本の生産力を提供し続けている。需要に対して供給が十分にあるので、ハイパーインフレが起きていません。
もしも、政府がお金をばらまくのをいいことに、みんな働かなくなってしまったら、物資が欠乏してしまい、簡単にハイパーインフレが起きてしまいます。重要なのは、借金が増えるかどうかよりも、みんなが働いて十分生産できるかどうかです。
――もし貿易赤字に転落すれば、ハイパーインフレになる可能性がある?
【田内】日本の場合は、海外への投資も多いので、投資などから得られる収益も多いです。多少の貿易赤字でも経常赤字にはならないので、しばらくは大丈夫そうです。しかし、安心はできません。
日本は人口減少が進んでいますから、このままでは国内の生産力が落ちていき、いつかは経常赤字に陥るかもしれません。そうならないために、日本の経済にとって重要なのは、少子化対策と生産効率の向上です。
実は年金問題も同じで、重要なのは、お金のあるうちに積み立てておくことではなくて、将来にわたって日本の生産力を落とさず、上げていくことです。
――経常収支は為替によっても左右されますし、原油価格の影響も大きく受けます。
【田内】現在は、原油高と円安で、月によっては貿易収支が赤字になっています。これはよくない状況です。
アベノミクスが始まったときは、円安になると輸出が増えるので日本経済が復活すると、円安を大歓迎するエコノミストがたくさんいましたが、円安のいい面だけを見ていたのだと思います。
更新:11月22日 00:05