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「褒めるのは本当にいいこと?」 上司部下の信頼構築に役立つ組織心理学

2021年11月19日 公開

山浦一保(立命館大学教授)

 

「褒めるのは、本当に良いことか?」をJR西日本で研究

――JR西日本での研究もされたということですね。

【山浦】「褒めることは、本当に良いことなのだろうか」という現場の声をいただき、JR西日本安全研究所の研究員の方々とその研究をしました。

確かに、褒めると、気が緩んでしまうこともありますよね。スポーツ選手でも、調子に乗ってしまって、凡ミスを連発することがあります。

JR西日本での研究では、アンケート調査もインタビューもしましたし、実験もして、あらゆる手法をフル活用しました。さらに、その結果を踏まえて現場への介入もし、いわば"モデル職場"を作るところまでさせていただきました。現場の方々のご理解があったからこそ、一連の研究ができました。

――結果は、どういうものだったのですか?

【山浦】褒めるのは良いことなのですが、条件があることがわかりました。それは、信頼関係という土台です。

相手と信頼関係が築けていなければ、「こういう言葉をかけるといい」というレクチャーをいくら受けても、その言葉を相手に受け入れてもらえません。相手に響かない言葉では、相手に良い方向に向かってもらうことはできません。そのことがわかったのが、この研究の大きな成果でした。

現場の方が肌感覚で感じていた「褒めることは、本当に良いことなのだろうか」という疑問が、研究によって、「褒めてもうまくいかないなら、信頼関係を見直したほうがいいかもしれない」「リーダーのキャラクターとその言葉に違和感がある状態なのかもしれない」と考えることにつながりました。

――"モデル職場"を作った、というのは?

【山浦】JR西日本の仕事は、ミスが許されない環境で行なわれています。その中に褒めるということを取り入れるのは、バランスがすごく難しい。これまで褒められなかったのに、急に褒められるようになったら、「何か怪しいぞ」とも思われてしまいます。

そこで、違和感なく取り入れる方法を、現場の方々に考えていただく取り組みをしました。ずっと私たちが関わっているわけにもいかないので、現場の方々に自分たちで考えていただくことが大切です。

すると、「いつまでに、こういうことをする」というオリジナルの計画書ができました。「こういうときには、こういう言葉をかける」というフレーズ集も、方言を活かしたりもして、実用的でユニークなものができあがりました。

記録を取るためのシステムまでできました。いつ、どんなときに褒めたのかが、検索すると赤く浮き上がる、というようなシステムです。そういうシステムを作るのが得意な方が現場にいたんです。

――そこまでしたということは、現場の方々の意識も高かったんですね。

【山浦】その現場に私が入らせていただく直前に、尼崎での福知山線事故がありました。それからもう15年ほど経っていますが、その事実や記憶を風化させない毎年、毎日の取組みを継続しているほどの出来事でしたから、かなり強い危機感があったと思います。また、将来に向けて、ご自分たちだからこそできることを模索されたのではないかと思っています。

――今はどのようなテーマを研究しているのですか?

【山浦】ザ・リーダーシップという研究ももちろん続けていますが、その土台となる信頼関係について、それが崩壊したときに、どう修復するかの研究も行なっています。その一環で、上司と部下の関係が悪いと、なぜチームの雰囲気が悪くなるのかを考えています。

そこには、どうも「妬み」というものが関係しているようです。そうだとすれば、妬みを自分でコントロールしたり、チームの力を借りてマネジメントしたりできるようになれば、雰囲気が悪くなることはなくなるはずです。

妬み自体は、私は消さないほうがいいと思っています。切磋琢磨にもつながるからです。妬みを切磋琢磨につなげるためのセルフマネジメントやチームマネジメントについて、大学院生や他大学の先生方とも一緒に研究しています。

もう1つは、時代を反映して、サイバー空間での人間関係について、理工系や情報系の先生方と一緒に研究する機会をいただいています。少し長期的なスパンで、心身にどのような影響があるのかを研究するプロジェクトです。

身体への影響については、生活習慣病も含めて、やはりあるだろうと思いますし、精神への影響についても、ビデオ会議などで自分の姿を画面で見る機会が増えることで感情面にネガティブな影響が出やすくなるという研究報告が出てきたりしています。

一方で、遠く離れた相手ともつながれることでポジティブな影響もあるでしょうから、いかにネガティブな影響を減らして、ポジティブな影響を引き出すかを考えようとしています。

――最後に、『武器としての組織心理学』の読者に向けてメッセージを。

【山浦】編集の方々も本当に尽力してくださって、良い形にしていただきました。

お読みいただくと、「なんだ、そんなことか」と思われるところもあるかもしれませんが、『エクセレント・カンパニー』(トム・ピーターズ+ロバート・ウォータマン共著/英治出版)などにも書かれているように、優れた企業は基本的なことを愚直に、特に優れてやっています。

突拍子もないことをやっているわけではありません。抱えている悩みも同じだと思います。妬みを持ってしまって悩んでいたとしても、それはあなただけではありません。そうしたことを、皆さんと共有できればと思います。

また、研究者たちが英知を集めて書いた論文の中でも、面白いものを集めて紹介しています。例えば、妬みを測定するために、「自分を裏切った"パートナー"と、そのパートナーに裏切るように仕向けた"ライバル"が食べるものに、味覚テストという名目で、ホットソースで味付けをしてもらう」という実験をした研究。妬みがない実験群と比べて、なんと2.4倍近くのホットソースをかけたという結果が出ています。こうした、研究者が心理をどう表現するかの工夫も、楽しんでいただければと思います。

企業の現場の方々に組織心理学に興味を持っていただいたら、ぜひ、コラボレーションをさせていただきたいと思います。組織心理学は、現場の方々の英知によって発展していくものですから。

 

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