2021年06月17日 公開
2023年02月21日 更新
戦略PRの第一人者である本田哲也氏は、スマートフォンの普及とSNSの浸透、さらに新型コロナウイルスの感染拡大によって、企業と生活者、多様なステークホルダーの共創、つまり、「社会的な共創=ナラティブ」の重要性が高まっていると言う。コロナ禍において「ナラティブ力」を発揮した世界のリーダーなどを例に解説していただいた。
※本稿は、本田哲也著『ナラティブカンパニー』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
コロナ禍におけるナラティブ力が高かった政治リーダーとしてまず思い浮かぶのは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相だ。新型コロナの感染拡大を受けて、各国の首脳は次々に国民に語りかけた。
その中でも、ドイツ国民からはもちろん、世界でも賞賛されたのが、メルケル首相が2020年3月に行ったスピーチだ。メルケル首相は、国民にロックダウンの決断を伝えながら、「東西ドイツ統一以来、私たちがこれほど連帯すべき試練はなかった」と語りかけた。
30年前の「ベルリンの壁崩壊」を国民に思い起こさせる。メルケル首相自身が、自由のない東独で少女時代を過ごした身であり、メッセージには首相個人の物語も見え隠れする。国民誰しもが共有する物語に重ね合わせると、次はスーパーの店員への感謝を強調する。
「お礼を申し上げたいのは、ほとんど感謝されることのない皆さん――スーパーでレジ係をしている方、品出しをしている方です」。いわゆるエッセンシャルワーカーへの感謝はその後多くの政治リーダーが口にしたが、メルケル首相は早かった。
ドイツは医療支援や財政対策でも評価されたが、このスピーチに代表されるナラティブ力は、国民を結束させるために大いに機能した。
もう一人挙げるとするなら、迷うことなくニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相だろう。ニュージーランドで最初の感染者が報告されたのは2月28日。その後は急速に対策を強化し、3月下旬には警戒システムをレベル4――いわゆるロックダウンに引き上げた。
戸惑う国民を前に、アーダーン首相は自宅から普段着で動画をライブ配信した。2歳の娘の母親でもある首相は、さながら子どもを寝かしつけた後にリモート会議に参加するママ社員のよう。
楽しみにしていた4月のイースターを前に気落ちする子どもたちのために、「イースターバニーはエッセンシャルワーカーだから、今年の活動は減るかもしれないけれどなくならないからね」と語りかけた。
ロックダウン中には、通りに面した窓際にテディベアを飾る活動に参加。外出制限の中、わずかに許された散歩の時間で、子どもたちの気晴らしになればと自ら始めたが、この動きは「クマさがし」として全国に拡大。3万カ所近くが専用のウェブサイトに掲載されるまでになった。まさに、困難に立ち向かう「共体験」を実現させたのである。
メルケル首相が骨太なナラティブを展開したとすれば、アーダーン首相はより若い感性、カジュアルなナラティブで国民を巻き込んだ。メルケル首相、アーダーン首相に共通するのは、「上から目線」ではなく寄り添うスタンスで、国民が自分ゴト化できる物語性をうまく取り入れていることだ。
ほかにも、コロナ対策にSNSやインフルエンサーを動員したフィンランドのサンナ・マリン首相や、「今は怖がっていてもいいんだよ」とテレビを通じて子どもたちに語りかけたノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相など、ナラティブ力を発揮した政治リーダーには女性が目立つ。さて、翻って、我が国日本はどうだったのだろうか。
2020年4月1日。安倍晋三前首相は「全世帯に再利用可能な布マスクを配布する」と発表した。「アベノマスク」と揶揄されることになるこの政策は、新型コロナウイルス感染拡大により深刻化していたマスク不足に対応したものだが、その後さまざまな波紋を呼んだ。
「優先順位の高い政策課題ではない」と野党は指摘し、470億円近い費用や、その調達先にも疑問の声があがった。5月中旬までの完了を目指していたマスク配布は遅れに遅れ、ようやく全戸配布が終わったのは6月も半ばになってから。使い捨てマスクの品薄も解消され始めていた頃だ。
安倍前首相は政策の正当性を主張していたが、10月に発表された「新型コロナ対応・民間臨時調査会」の報告書では、「アベノマスクは失敗」という官邸スタッフの証言が報道された。
アベノマスクが本当に政策として失敗だったかどうかは、人によって判断の分かれるところかもしれない。しかしそこに「ナラティブの要素」があったかと言えば、それはほぼ皆無だ。
アベノマスクは一方的に国民に配布告知され、とにかく全戸配布を完了することだけを目的に遂行されたように見える。ナラティブ不在のマスク配布は、まるで「サンプリング」のようだ。
アベノマスクに限らず、日本政府の動きは、海外の政治リーダーと比較してもナラティブ不足の感が否めない。歌手の星野源の「うちで踊ろう」に便乗した動画(通称「アベノコラボ」)も、多少なりともナラティブ的なアプローチを意識したのかもしれないが、残念ながらお寒い結果に終わった。
もちろん、欧米と比較してケタ違いにコロナの感染拡大が抑えられたのも事実である。日本政府の対応には成果を出したものも多くあるはずだが、「ナラティブ力」に課題があることがあらためて露呈したと言えるだろう。
更新:11月24日 00:05