2019年12月27日 公開
2023年10月24日 更新
「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にする働き方が注目されている。でも、夢がない、明確なキャリア目標もない。そんな自分はダメ人間なのか――? 天才でもナンバーワンでもオンリーワンでもない、フツーの人が直面する仕事の迷いについて、「好き嫌いの仕事論」を重視している一橋ビジネススクール教授の楠木建氏と、Yahoo!アカデミア学長として次世代リーダーの育成を行ない、新刊『やりたいことなんて、なくていい。』を上梓した伊藤羊一氏にお話しいただいた。
取材構成 野牧 峻
――たしかに、最初から成功を期待しすぎなのかもしれないですね。
伊藤 そうだと思いますね。だからよくね、自信満々に仕事をしてる若手とかに「もっとね、おどおどしたほうがいいと思うよ」とかって言うことがあるんですよ。おどおどしたほうがね、絶対うまくいくからって。そうすると、「何言ってるんですか、俺は気合い入れるんですよ!」みたいな感じで怒られちゃうんですが。
楠木 それをしていいのは、矢沢永吉みたいな人に限られますよね。音楽的な天才でも、自分の天才性をわかっている人とわかってない人で、大きく分かれますし。
ちょっと古い話ですけど。例えば、ダイアナ・ロスっていうすごいシンガーがいたんですけど。その人はもうハナから自分は天才だとわかっちゃってるんですよ。
ところが、エルビス・プレスリーは自覚がないんですよ、天才の。明らかに天才なんですけど。成功をね、受け止められないんですよ。だから変になっちゃうのね。
それはかなりその人のパーソナリティみたいなものが関係しますけどね。僕はもとより天才ではありませんが、タイプでいえば明らかに後者ですね。自信がないというところまでも行ってない。
伊藤 自信がないというところまでも行ってない。極めて近いです、私も。
楠木 そういう人は結構、実は多いんだけれども、露出がないから気づかない。でも、実際そういう人って結構いるし。人間としても、自然なんじゃないかなというふうに思うんですね。
伊藤 あとやっぱり50代になって思うのは、そういうふうに「自信ないんだよね」とかって言いながら、フニャフニャ、フニャフニャやりながら続けてる人間のほうが、なんとなく老けないで楽しく生きてる感じがしますね。
楠木 そうですか。
伊藤 自信満々っていうと、パーンと上がって、ガクーっと気分が乱高下するみたいな、こういうこと、たぶんあるんじゃないかな。
楠木 確かに、良いときも悪いときも、ボラティリティが大きいかもしれないですね。
伊藤 そうなんです、そうなんです。そうすると、あんまり長く続けられなさそうですよね。自信のないほうが、低空飛行だけど持続性のある働き方ができるように思います。
――僕は、奥田民生みたいな自然体な人間になりたいなって、つくづく思っているんですけれども。
楠木 ちょっと音楽的に新しすぎて僕わからないんですけど、名前はもちろん知ってます。
――なんていうんだろう、肩の力の抜けたいい感じのオジサンになりたいなっていう憧れがあります。それこそ、楠木先生や伊藤先生みたいな。でも、未だに自意識にまみれてしまっている自分がいてですね……。そろそろ30歳なんで、大人になりたいんですが。
伊藤 なるほどね。僕自身の生き様からするとね、脱力に至るために、やっぱり自分を解き放つ必要があると思います。今の自分が抱えてる殻みたいなのをね、破るっていうのがいいよなって思ってて。やっぱりね、ロックだよみたいなね、感じで。バーンと解き放つっていうのを習慣にするといいと思うんですよね。別にロックじゃなくてもいいんだけど。本当にバカみたいな真似をしてみるとかね。もちろん、犯罪はダメですよ。そうするとだんだんね、今まで悩んでたのがバカみたいって思えます。今まで悩んでたのがバカみたいってなったとき、初めてうまく脱力するのかなって思います。
だから頭の中でモヤモヤ考えてる限り、たぶん何も変わらなくて。突き抜けるっていうのは、大事だと思いますよ。そのために恥ずかしい思いをするとか。
楠木 まあ、若い頃はやっぱりどうしても自分の存在が大きすぎちゃうので。そういう人には「誰も君のことなんて気にしてないから大丈夫」と申し上げたいですね。僕はね、若い頃にちょっと嫌なことがあって、ウーンと思ってたんですけど、ある人からで「いやいや、君のことなんて世の中の人ね、誰も気に留めてないから、心配するな。みんなそれぞれの生活があって、忙しく働いてるんだから」って言われたんですよ。そういうことなんですね。誰かに見られてるとか、評価されているとか、どう思われるかなんてどうでもいい。肩の力が抜けていくと思いますよ。
――過剰な自意識から解放されるような。
楠木 そうそう。なんか、鼻くそなんかほじくりながら出社したりするといいんじゃないですか。誰も見てないんで。
――なるほど。そうか、たしかにそう考えると、周りの目を意識しすぎなのかもしれないです。
楠木 あと個人的に好きなのは、疲れたときにわざと疲れた顔をして「疲れた~」とかいうと気持ちいいんですよ。
――それはどういう……。
楠木 わかりません(笑)。疲れたとか、嫌なことがあったとか、なんかそういうネガティブなときに、自分の感情に逆らわず、わざと嫌な顔して「ああ、やだやだ」とか言うと結構スッと力が抜けます。
伊藤 突き抜けてバカなことをするのも同じですよ。毒素を抜いて、気にしないでみたいなね。
楠木 事後性の克服でいうと、僕はやっぱり、絶対のお勧めは、高峰秀子っていう方が書いた一連の著作ですね。本当に支えになりました。
――そうなんですね。
楠木 ええ。昭和の大女優。のちに随筆家になって、とっくに亡くなってますけど。その人の本っていうのは、もう本当にこれが究極の人間、天才的人間ならぬ「人間の天才」だと僕は思っています。実際に会わない人だとしても、トータルメディアというか、全部の答えがここにあると思えるような人がいるといいですよね。高峰先生には何回も救われました。いまでも事に際して「高峰秀子だったらどう考えるかな、どうするかな……」と考えることしばしばです。
――たしかに。いるかな……。向田邦子全集は持ってるんですけど。
楠木 ああ、そうですか。
――向田邦子さん大好きなんで。
楠木 向田邦子さんはね、基本的に創作なんで。僕は創作はピンときませんね。
――そうですね。リアルなその人の人生が見えるものがいいということですね。少しだけ、モヤモヤが晴れた気がします。どうも、ありがとうございました。
更新:11月22日 00:05